2014年05月06日

沖縄 大石林山 〜巡礼の旅(37)〜

チビチリガマで沖縄戦の犠牲者を慰霊し、今帰仁村(なきじん)城跡とクバの御嶽で白龍と黒龍を解放し、大石林山(だいせきりんざん)で沢山のチビ龍を解き放った沖縄中北部での浄化と封印解除

1月29日(水)、午前8時半頃、レンタカーでホテルを出発して、沖縄中部の読谷村に向かいました。最初の目的地はチビチリガマ。沖縄戦における集団自決のあった場所です。苦しみ、悲しみを抱いている沢山の御魂の昇天をサポートするために向かいました。

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約1時間でチビチリガマの駐車場に到着しました。現地には遺族会の方々によって、駐車場や案内板も整備されていました。車を停めて、入口に歩いて行くと右手に慰霊碑がありました。階段を降りるとうす暗い広場になっており、洞窟がありまし た。左手の石碑に以下の説明文が刻まれていました。

「1945年4月1日、米軍はこの読谷村の西海岸から沖縄本島へ上陸した。それは、住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦・地上戦であった。その日のうちに、米軍はチビチリガマ一帯に迫っていた。翌2日、チビチリガマへ避難していた住民約140名中、83名が「集団自決」をした。 尊い命を喪った」

私たちは、洞窟の前で亡くなった方々に安らぎが訪れるようにお祈りをしました。私はチビチリガマ全体を被うように大きな光の柱を降ろしました。伴侶は手から出るラファエルの光でその場を癒していました。「たくさんの人たちが上に昇って行っている」と伴侶が教えてくれました。

周りからも御魂が集まって昇って行ったといいます。暫くすると、うっすらと陽の光が射して来て、明るくなったと感じました。チビチリガマの慰霊と浄化を終えて、次に、座喜味(ざきみ)城跡に向かいました。車で約10分で現地に着きました。

座喜味城は、1422年に読谷山の按司護佐丸(ごさまる)が築いたグスク(城)です。座喜味城跡に は立 派な石垣が残されていました。私たちは城跡の中央に歩いて行きました。そこで私は光の柱を降ろしました。座喜味城跡を後にして、私たちは残波岬(ざんぱみさき)に向かいました。

20分程で残波岬の駐車場に着きました。車から降りて岬の方に歩いて行きました。大きな岩がごろごろしている場所です。近くには白い残波岬灯台がありました。この周辺は、沖縄海岸国定公園に指定され、30mもの断崖絶壁が約2kmも続く、雄大な景観が広がっていました。

私たちは岩の間の道を歩いていると「西之神之屋」と石碑に刻まれた屋根つきの祠がありました。神にお祈りする拝所(うがんじゅ)でした。解除する必要があると感じて、私は、本来の姿に戻るよう祈りながら、光の柱を 降ろしまし た。

「海の方から大きな玉が出て来た」と伴侶が教えてくれました。玉が取れたのです。残波岬はエネルギーポイントでした。玉が出て来た方を良く見ると海の彼方にピラミッドのような三角の山が見えました。後で調べると伊江島城山(172m)でした。

恐らく、この伊江島城山もエネルギーポイントだと感じます。次の沖縄訪問時に訪れたいと思っています。残波岬を後にして、私たちは今帰仁城跡に向かいました。約70kmの距離を1時間半かけて車で走りました。沖縄南部と比べ今帰仁村の辺りは緑の森に囲まれていました。

沖縄南部では龍神が解放されていなかったので、ヤンバルの森のある北の方にいるのだろうと感じていました。今帰仁村城は沖縄の中で最大の城跡だといいます。駐車場に車を停めて、今帰仁村城跡を登って行きました。主郭(本丸)のところの手前に祠がありました。

大きな木の隣に社屋があり、火神の祠(ひのかんのほこら)と書かれていました。私は光の柱を降ろしました。「龍神のビジョンが出て来たので、この近くに封じられている」と伴侶が伝えてきました。私は「カーザフ」と呼ばれる場所が気になりました。

平郎門からはずれた右側のくぼ地になったところです。自然の石が露出して独特の景観をつくっていました。そこにある大きな木に光を降ろしました。「白龍が出て来た」と伴侶が教えてくれました。白龍が封じられていたということは、黒龍もどこかに封印されていると感 じました。

今帰仁村城跡のパンフレットを見ると「クバの御嶽(クボウ御嶽)」が気になりました。私たちはクバの御嶽に行くことにしました。最初は、いろいろと迷っていましたが、すぐ近くの山だと分かりました。近くの駐車場に車を停めて、そこから歩いて行きました。

入口に案内板がありました。そこからひたすら山道を登って行きました。途中で大きな木が倒れて道を塞いでいました。15分くらい歩いたでしょうか。ようやく拝所と思われる場所に着きました。石が積まれていました。左手前には大きな岩がありました。

私は、「ここに封じられている」と感じました。私はお祈りをしながら、拝所に光の柱を降ろしました。続いて、大岩にも光の 柱を降ろしまし た。「黒龍が出て来た」と伴侶が伝えてきました。やはり黒龍が封じられていたのです。私たちは安堵しました。

「大国主さんが出てきて黒龍と話している」と彼女が言いました。「これからだ」ということを伝えていたといいます。拝所の先にも道は山の頂上まで続いているようでした。でも、この途中の拝所での光の解除で大丈夫でした。

私たちは、山を下りて、この日の最後の目的地の大石林山に向かいました。約60kmの道程を1時間半かけて車で走りました。大石林山は沖縄本島の北端にある辺戸岬の手前にある安須社(アシムイ)と呼ばれる山々の中にあります。

安須社の山々は鋸の歯のようにギザギザの険しい姿に見えます。 島建ての神であるアマミキヨが降り立ち沖縄最初の聖地、安須杜を創ったという伝説があります。大石林山の案内所の駐車場に車を停めて、入場料を払い、パンフレットをもらって、マイクロバスに乗って現地に向かいました。

バスからは深い森の中に大きな岩山がいくつもあるのが見えました。2億年前の地球にタイムスリップしたような世界です。今までに色々な場所を訪れてきましたが、この大石林山の場所は何にも代えがたい素晴らしいエネルギーの光の場所だと感じました。

大きな亜熱帯の森のヤンバルの中に四国の剣山を置いたような感じなのです。間違いなく沖縄で一番大事なエネルギーポイントだと分かりました。琉球王国時代には王家の繁栄、五穀豊穣、航海 安全をこの地で祈り、今も40箇所以上ある拝所に神人の祈りが捧げられるといいます。

私たちは、黄色コース(巨石・石林感動コース)と赤色コース(美ら海展望台コース)を回ることにしました。森の中の散策路に入るといきなり灰色の岩山がありました。いたるところに岩山があるのです。私たちは癒しのエネルギーを貰い、感動しながら歩いて行きました。

沖縄の御嶽や拝所は、本土でいう神社であり、エネルギーを封じる役割をしていると感じていました。拝所がある場所に光を降ろして解除しながら進んで行きました。安須社は非常に重要な場所ゆえに、40箇所以上もの拝所があるのだと思います。

「上空に龍神が来ている感じがする」と伴侶が突然 、伝えてきました。旧海軍 司令部壕の慰霊の際に来てくれた龍神でした。私は拝所のある岩山に光の柱を降ろしました。「チビ龍が沢山出て来た」と伴侶が教えてくれました。沢山の子どもの龍神が解放されたのです。

「あの龍神がチビ龍たちを先導している」と伴侶が言いました。沖縄南部の方にチビ龍を連れていくためだと感じました。沖縄南部には龍神がいないので、チビ龍たちがその役割を担うのだと分かりました。私たちは大きな岩山の烏帽子岩のところに来ました。

私は少し離れた場所から光の柱を降ろしました。「大きな玉が出て来た」と伴侶が教えてくれました。やはり玉が取れました。先を進むと見晴らしの良い展望台に来ました。美ら海展望台ステージでした。「大国主さんも一緒に 景色を観ている」と彼女が伝えてきました。

美ら海展望台からは、辺戸岬、鹿児島県の与論島、沖永良部島を一望できました。私たちは素晴らしい眺めを堪能しました。沖縄巡礼の旅の第3日目は、300kmの距離を移動し、ハードで密度の濃いの一日でした。私たちは安堵の内にホテルへの帰路に着いたのです。
posted by 地球の子 at 00:00| 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする