2014年12月06日

奈良 天河大弁財天社(天河神社) 〜巡礼の旅(135)〜

龍泉寺にて、大峰山に光を降ろして、黒龍が解放され、天河大弁財天社の南朝北朝和解供養塔の石碑のある敷地にて、弥山を含む大峰山脈の修験道場の山々が開かれるよう意図して光を降ろして、5頭の黒龍が解き放された、奈良巡礼の旅

9月11日(木)、午前8時半頃、洞川(どろがわ)温泉の宿を車で出発して、龍泉寺に向かいました。車で3分程で現地に到着しました。龍泉寺は奈良県吉野郡天川村洞川にある真言宗醍醐派の大本山の寺院です。正式名は、大峯山龍泉寺だそうです。龍泉寺は、吉野の竹林院、桜本坊、喜蔵院、東南院と共に山上ヶ岳にある大峯山寺の護持院の一つだといいます。

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700年頃、大峰山で修行していた役小角(えんのおづぬ)が、この地に泉を発見し、「龍の口」と名づけて、その側に小堂を建て、八大龍王を祀ったのが龍泉寺の起源とされます。龍泉寺には、「龍の口」と呼ばれる泉から湧き出る清水があり、修験者たちから「清めの水」とされ、大峰山の第一の水行場とされる修験道の道場といいます。

駐車場に車を停めて、境内を注意深く散策して行きました。「宇宙のエネルギーが降り注いでいる」と伴侶が伝えて来ました。重要な場所である奈良の解除のサポートとして、宇宙からエネルギーを与えられていました。本堂にて、解除の宣言をして本堂の前の庭に、役行者像があり、この地を開きに来た旨を伝えました。

境内には修験道の石碑や石仏たちが沢山祀られていました。石仏のエネルギー体には、役目を終えて光に還るよう伝えて行きました。境内の水が出る場所である「龍の口」に移動して、光の柱を降ろしました。「エネルギー体たちが昇天して、白龍が解放された」と伴侶が教えてくれました。

駐車場の敷地に移動して、大峰山が開かれるよう意図して、遠隔で光の柱を降ろしました。「黒龍が出て来た」と伴侶が伝えて来ました。龍泉寺の解除を終えて、私たちは天河大弁財天社に向かいました。20分程、車で走って、天河大弁財天社に着きました。駐車場に車を停めて、境内を散策して行きました。

天河大弁財天社(天河神社)は、奈良県吉野郡天川村坪内にある神社で、祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)といいます。天河大弁財天社は、厳島、竹生島と並ぶ日本三大弁財天の一つと称しています。600年代、役行者の大峯山開山の際に勧請され、最高峰である弥山(みせん)の鎮守として祀られたのが、天河大弁財天社の始まりといいます。

弘法大師が高野山の開山に先立って大峯山で修行し、最大の行場が天河大弁財天社であったと伝えられています。石段を登り、社殿の前でこの地を開きに来た旨を宣言して、光の柱を降ろしました。社殿の山側に歩いて行くと、南朝北朝和解供養塔の石碑が祀られている芝生の敷地がありました。

弥山を含む山上ヶ岳(さんじょうがたけ)の大峰山脈の修験道場の山々が本来の姿になることを意図して、遠隔で光の柱を降ろしました。「5頭の黒龍が出て来た」と伴侶が教えてくれました。長年の間、封印されていた黒龍が解放されたのです。私たちは天河大弁財天社を後にして、玉置神社に向かいました。

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posted by 地球の子 at 09:00| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする