2014年12月13日

奈良 大名持神社 〜巡礼の旅(138)〜

大名持(おおなもち)神社にて光を降ろし、闇の宇宙船が撤退して縄文の女神が解放され、大穴持(おおあなもち)神社にて、吉野の山々に光を降ろして、沢山の闇の宇宙船が奈良の地から撤収して行った、奈良巡礼の旅

9月12日(金)、午前8時半頃、和歌山県田辺市の宿を出発して、奈良の大名持神社に向かいました。約1時間40分、車で走って現地に到着しました。大名持神社は、吉野郡吉野町河原屋の妹山にある神社で、祭神は大名持御魂神(おおなもちみたまのかみ:大国主命)、須勢理比羊命(すせりひめのみこ と:大国主命の妻)、少彦名命(すくなひこのみこと)といいます。

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駐車場に車を停めて、古い石の鳥居のある石段の参道を登って行きました。私は石段の前で鳥肌が立っていました。境内には古い社殿と幾つかの境内社が祀られていました。「境内のどこかに縄文の神が封じられている」と感じました。社殿の前にて、この地を開きに来た旨を宣言しました。社殿と境内全体が本来の姿になることを意図して、光の柱を降ろしました。

「闇の宇宙船が出て行った。私たちが来るのを待っていた。一目見て立ち去るためだった。」と伴侶が伝えて来ました。この地は闇の宇宙船が封じていたようでした。「縄文の女神様が開放された」と彼女は教えてくれました。大国主命が社殿後ろの神木の所で、美しい女神と対面して話をしているといいます。

大名持神社の解除を終えて、大穴持神社に向かいました。40分程掛かって現地に到着しました。大穴持神社は御所市朝町宮山にある神社で、祭神は大己貴命(おほなむちのみこと:大国主命)といいます。車のナビ通りに走って行ったのですが、到着できずに、かなり迷ってしまいました。地元のお爺さんに道を聞くと、小さな森の中の小高い丘に祀られていた村の神社という感じでした。

道端に車を停めて、歩いて小さな森に入って行きました。小高い丘を登る道は滑って歩きにくかったです。一苦労して神社の境内に到着しました。境内を注意深く観察しながら散策して行きました。「周りの山々で闇の宇宙船が出るのを待っている」と伴侶が伝えて来ました。私は、大穴持神社の地と周りの山々が全て開かれるよう意図しながら光の柱を降ろしました。

「沢山の闇の宇宙船が飛び立って行った。お互いにお疲れ様でしたと言い合って行った」と伴侶が教えてくれました。吉野は闇の宇宙船の基地だったようです。純粋な闇の役割である宇宙の闇が奈良吉野の地から撤退して行ったのです。私たちは大穴持神社の解除を終えて、金峯山寺(きんぷせんじ)に向かいました。

約40分、車で走って、金峯山寺の駐車場に到着しました。金峯山寺は、奈良県吉野郡吉野町にある金峰山修験本宗(修験道)の本山です。本尊は蔵王権現、開基(創立者)は役小角(えんのおづぬ)と伝えられています。駐車場から本殿のある境内に移動して、本殿の前にて解除の宣言をしました。

本殿手前の熊野までの地図の前にて、金峯山寺の境内全体と吉野山から熊野までの山々が全て開くように意図して光の柱を降ろしました。「光が走った」と伴侶が教えてくれました。修験道によって封じられていた吉野山から熊野の山々のエネルギーラインが通ったのです。金峯山寺を後にして、私たちは飛鳥寺に向かいました。

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posted by 地球の子 at 19:45| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする