11月19日(水)、庄原市の葦嶽山の解除を終えて、島根県の出雲大社に向かいました。約2時間30分、車を走らせて出雲大社の駐車場に着きました。出雲大社は島根県出雲市にある神社で、祭神は大国主大神といいます。これまでの巡礼の旅から、出雲大社は伊勢神宮と同様に、古事記、日本書紀の正当性を裏付けるために建造された神社だと感じていました。

太安万侶が編纂した古事記と藤原不比等が編纂した日本書記は、日本を封印して闇の時代にする役割でした。天孫降臨神話を正当化して、天皇制を強固なものにするためです。学術領域でも同様な考えの学者の方がいました。日本の歴史学者である大山誠一氏です。著書「天孫降臨の夢」等に同様の趣旨が示されています。
そして、伊勢神宮の伊雑宮、瀧原宮と同じように出雲大社にも闇のエネルギー体がいると感じていました。車から降りて、社殿のある境内につながる参道を進んで行きました。当日、境内は沢山の参拝客で混雑していました。拝殿の周りを一周しながら注意深く観察して行きました。拝殿の前にて、解除の宣言をしました。
「隣の神楽殿の方が寒気がする」と伴侶が伝えて来ました。神楽殿の方に歩いていくと、神楽殿の後方に鎮守社があることを示す案内板が目につきました。「ああ、ここだ」と私は直感しました。鎮守社の方に歩いていくと鳥肌が立ってきました。「私は神だ」という闇のエネルギーがいると確信しました。
鎮守社は、静かな場所にこじんまりと祀られていました。社殿の前で、この地を開きに来た旨を宣言しました。すると、「お前たち立ち去れ」と伴侶が言いました。闇のエネルギー体でした。「この地を開きに来ました。あなたの役目は終わりです。自らの意思で還るべきところに還ってください」と私は伝えました。
「お前ごときに言われるものではない。長い間、脈々と作り上げてきたのだ」と闇のエネルギー体は伴侶を通じて伝えて来ました。闇のエネルギー体の口調と雰囲気は傲慢極まりないものでした。話が通じないと感じると伴侶の合図で、光の柱を降ろしました。虹の龍神が発動し、「やめろ〜」と闇の存在が言い残して消えて行きました。
「大国主さんが山の上で大きくなっている。真の国造りなりと言っている」と伴侶が教えてくれました。いつも伴侶と共にしてきた大国主命にとっては、出雲大社の解除に対して、特別な思いがあると感じました。闇のエネルギー体が伝え、また神話で伝えられる「まがいものの国造り」ではなく、大国主命の真実の国造りが始まっていると分かりました。
私は出雲大社全域が開かれることを意図して、再度、光の柱を降ろしました。出雲大社の解除を終えて、境内の隣にある出雲大社北島国造館の敷地に移動しました。神道教団の本部のようでした。境内には人口の滝や稲荷社などの境内社が祀られていました。社殿を含めて境内全体が本来の姿になるよう光を降ろしました。
「解放の人が出て行った」と伴侶が伝えて来ました。出雲の土地と人々の全てが開かれて、本来の姿になることを願いながら出雲大社北島国造館を後にしました。出雲大社の周りには隠れた重要な場所があると感じていました。その中の一つである命主社(いのちぬしのやしろ)に歩いて向かいました。
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