11月20日(木)、神魂(かもす)神社の解除を終えて、須我神社に向かいました。約25分、車で走って須我神社の駐車場に着きました。須我神社は、島根県雲南市にある神社で、祭神は須佐之男命、稲田比売命といいます。須我神社は、須佐之男命が八岐大蛇退治の後に建てた宮殿が神社になったものと伝えられています。

車から降りて、石段の参道を登って社殿のある境内に着きました。社殿の前で解除の宣言をして、境内を注意深く観察しながら散策して行きました。社殿の右奥に鳥居と境内社につながる山道の参道があり、登って行きました。15分程、登って行くと木と木の間に注連縄が渡されて、その向こうに小さな境内社の祖霊社が祀られていました。
竹藪の中の小高い丘にある神社のような感じでした。祖霊社の前で、この地を開きに来た旨を伝え、全てが開かれるよう意図して光を降ろしました。「闇のエネルギー体が光を降ろすのを邪魔しようとしている」と伴侶が伝えて来ました。須佐之男命を名乗る闇のエネルギー体でした。「私たちはこの地を開きに来ました」と私は伝えました。
「私は人々を守っている。人々は私を必要としている」と闇のエネルギー体は伴侶を通じて伝えて来ました。「あなたの役目はもう終わりです。どうか自分の意志で光に還ってください」と私は言いました。「私は神なのだ。人々が私を望んでいるのだ」と闇の存在は続けました。「私は神だという本当の神はいません」と私は伝えました。
「あなたは闇の時代に必要とした闇の神です。地球では、もう闇の時代は終わり、光の時代に移っています」と続けました。「お前の言う事は分からん。とにかく立ち去れ」と闇の存在は言い放ちました。話は通じずに、伴侶の合図とともに光の柱を降ろしました。「大国主命とツインの龍神が一緒に近くにいる」と伴侶が教えてくれました。
闇のエネルギー体は「私は一体何だったのか?」と言いながら虹の龍神のサポートの下で光に強制送還されました。闇のエネルギー体は、本当の姿の大国主命とツインの龍神をまじかに見て内省したようでした。闇のエネルギー体から出た言葉は、自分自身の存在に初めて気づいたと感じました。
須我神社の解除を終えて、鳥取県の大神山神社奥宮に向かいました。伯耆富士(ほうきふじ)と呼ばれる大山を解放するために、封じていると感じる大神山神社の封印解除を行う必要がありました。奥宮途中で、宍道湖に光降ろすためと昼食を取るために、島根県立美術館に立ち寄りました。
島根県立美術館から約50分、車で移動して、現地に到着しました。大神山神社奥宮は、鳥取県西伯郡大山町にある神社で、祭神は大己貴命(おほなむち:大国主命)といいます。大神山神社奥宮は、大山(だいせん)を遥拝する場所だったといいます。伯耆(ほおき)大山(別名:大神岳)の麓に鎮座し、神を祀るものであったと伝えられます。
伯耆大山は、平安時代には修験道場として著名な山だったといいます。駐車場に車を停めて、450m程の長い自然石の参道を歩いて登って行きました。参道の途中には、石仏や岩壁仏もあり、それぞれのエネルギー体に役目を終えてついてくるように伝えて行きました。長い石段もあり、やっとのことで社殿のある境内に到着しました。
社殿にて解除の宣言して、大神山神社奥宮と隣接する大山寺が全て開かれるように意図して光を降ろしました。石仏のエネルギー体は昇天して行きました。次に、大山の封印解除を行うために、大山の見える場所に移動しました。雪を頂いた大山を見ながら、全てが開かれることを強く意図して大きな光の柱を降ろしました。
「ヤマトの皇子と名乗る大きな神様が大山から出てきた」と伴侶がびっくりした様子で教えてくれました。ヤマトの皇子の「ヤマト」とは日本のことだと直感しました。大山に封印されていたヤマトの皇子が解放されたのです。ヤマトの皇子は大国主命の御子神でした。「大国主命、ツインの龍神と対面している」と伴侶が言いました。
三人は親子と同じ関係だと感じました。大国主命にとっては、妻でありパートナーのツインの龍神が神魂神社に封印され、息子が大山に封じられていました。それが今回の巡礼の旅で、全て解放されて対面を果たせたのです。大国主命にとっては、喜びを味わうことができた巡礼の旅にちがいないと感じます。
「別れが名残惜しい」と言いながら、伴侶は涙しそうでした。広島県、島根県、鳥取県と渡って来た巡礼の旅は、最後の岡山県を残すのみとなりました。私たちは、大神山神社奥宮の解除を終えて、岡山県の宿への帰路につきました。
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