2015年03月24日

佐賀 吉野ヶ里遺跡 〜巡礼の旅(182)〜

土器山(かわらけやま)八天神社にて、御神体の土器山に光を降ろして、3人の縄文の神々が解放され、吉野ヶ里歴史公園内にて、中心に日吉神社のある手つかずの森に光を降ろして、秋吉台のツインの片割れが自由になり、地球の水の女神が2つで1つになった、佐賀巡礼の旅

12月11日(木)、午前9時頃、ホテルを車で出発して、土器山八天神社に向かいました。約30分、車で移動して現地に到着しました。土器山八天神社は、佐賀県神埼市神埼町城原にある神社で、祭神は火結神(ほむふびのかみ)といいます。開山は行基菩薩であり、巨石が多くある御神体の土器山は山岳信仰の霊山であり、修験霊場といいます。

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当日は、あいにくの小雨の天気でした。車から降りると登山者たちを乗せたバスが停車し、多くの参拝者が登山のための山道を登って行きました。私たちも鳥居をくぐり境内に入りました。社殿にて、この地を開きに来た旨を宣言しました。とても古い神社の感じでした。登山口には石仏を祀った祠あり、役目を終えて光に還るよう伝えました。

登山道は非常に険しい感じなので、登山口にて土器山に光を降ろすことにしました。土器山の全てが開かれるよう意図して光の柱を降ろしました。石仏のエネルギー体は還って行きました。「山から3人の神様が出てきた。1人の男神と2人の女神様」と伴侶が教えてくれました。「大国主さん、太陽と月の龍神さんたちと会って談笑している」と彼女は伝えて来ました。

山から縄文の神々が沢山解放されることはめったにありません。佐賀のこの地は大事な場所のようでした。土器山八天神社での解除を終えて、次の場所に移動している時、吉野ヶ里遺跡の看板が目に入りました。訪問予定にはありませんでしたが、何故か気になったので、吉野ヶ里遺跡に立ち寄ることにしました。10分程、車で走って現地に着きました。

吉野ヶ里遺跡は、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる遺跡です。吉野ヶ里遺跡は、吉野ヶ里丘陵にある約50ヘクタールにわたって残る弥生時代の大規模な環濠集落跡で、吉野ヶ里歴史公園として整備されています。駐車場に車を停めて、受付をして園内に入りました。広い公園内をバスで植物園に移動することにしました。

バスの乗客は私たちだけでした。バスの運転手の方は「ミステリーゾーンの手つかずの森がある」と案内してくれました。直観的に、ここに行かなければならないと感じました。バスを降りて園内の地図を見ながら歩いて行きました。こぶのある墓の場所に来ると、「少しネガティブな感じがする」と伴侶が伝えて来ました。

解除の宣言をして、その場で光を降ろしました。「人のネガティブな思いと魂を含めた太古からの闇のエネルギーが昇天していった」と伴侶は伝えて来ました。手つかずの森は柵で囲まれていて、公園内から行くことができませんでした。手つかずの森の中心には日吉神社がありました。一見して、秋吉台・長者ヶ森と同じような感じの森でした。

やはり、何かが封じられていると感じました。近くの散策路から森の全てが開かれることを意図して光を降ろしました。「まだ引っかかっている。もう少し」と伴侶が伝えて来た。再度、強く意図して光を降ろしました。「地球のエネルギーの女神様が解放された。地球の水の女神様。秋吉台の女神のツイン。2つで1つ」と伴侶が教えてくれました。

「これで地球が変わる」と彼女は言いました。私は吉野ヶ里遺跡の全体にも光を降ろしました。地球の水の女神は、山口の秋吉台と佐賀の吉野ヶ里遺跡に分断されていました。闇の宇宙存在・ガガアルが背後で操っていた闇の人間による封印だったのです。吉野ヶ里歴史公園を後にして、與止日女神社(よどひめじんじゃ)に向かいました。

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posted by 地球の子 at 22:00| 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする