2015年04月07日

奈良 唐招提寺 〜巡礼の旅(189)〜

「私はこの地が好きだ。私のやってきたことが結果的に日本の妨げになったのなら申し訳ない」と伝えて来た鑑真のエネルギー体と対話し、光の柱を降ろすことで鑑真のエネルギー体が一門の僧侶たちと一緒に光の世界に還って行った、唐招提寺での浄化と解除

1月18日(日)から23日(金)まで、大阪出張に合わせて、奈良県、大阪府、鹿児島県の巡礼の旅を行って来ました。奈良は古事記を編纂した太安万侶の魂を光に誘う必要がありました。また、鹿児島県は九州の最後の巡礼の地として残っていました。鹿児島後が、レムリアのエネルギーを色濃く残している場所だと感じていました。

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1月18日(日)、午前6時過ぎに葉山の自宅を出発し、タクシーで新逗子駅に着きました。新逗子駅から京急線で羽田空港まで行き、空路にて大阪伊丹空港に午前10時過ぎに到着しました。大阪伊丹空港近くのレンタカー店で車を借りて、唐招提寺に向かいました。約50分、車を走らせて、現地の駐車場に到着しました。

唐招提寺は、奈良市五条町にある鑑真が建立した寺院で、南都六宗の1つである律宗の総本山です。鑑真は、唐の揚州に生まれた奈良時代の帰化僧で、晩年を唐招提寺で過ごしたといいます。鑑真は、日本から唐に渡った僧の栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)らから戒律を日本へ伝えるよう懇請され、渡日を決意しました。

10年間に6度の渡日を計画して、両目を失明したと伝えられています。車から降りて、唐招提寺の南大門に歩いて行きました。受付で拝観料を支払って境内に入りました。修学旅行などの世界遺産としての観光名所でもあり、比較的多くの参拝客がいました。他の寺院と比べて売店も少なく、落ち着いた趣のある場所だと感じました。

唐招提寺の訪問の目的は、鑑真の御魂をあげることでした。参道を歩いて行き、途中、金堂と御影堂に立ち寄って、目的地の鑑真和上御廟に着きました。堀に囲まれた小さな森の中にある円形の霊廟でした。静寂の中に鳥のさえずりが聞こえてきました。私は霊廟の周りを散策した後、霊廟の前に移動しました。

「今日、この地を開きに来ました。どうぞ安らかに光の世界にお還りください」と伝えました。「私はこの地が好きだ。私のやってきたことが結果的に日本の妨げになったのなら申し訳ない。君たちのやっていることは分かっている。私はこの地に残っていてもいいし、君が還れと言えば還る」と伴侶を通じて、鑑真のエネルギー体が伝えて来ました。

鑑真はとても穏やかな人柄だと感じました。自分が伝えた仏教の教えが結果的に日本を封じるためのものであることを分かっているようでした。「鑑真さんは大事な役割を果たされたと思っています。日本の僧侶の皆様も光の世界に還っていますので、光の世界に還った方が良いと思います」と私は伝えました。

「そうか、それでは連れの者たちと行こう」と鑑真は伝えて来ました。「長い間、お疲れ様でした。どうぞ仲間の方々と一緒に昇って行ってください」と私は言いながら光の柱を降ろしました。「鑑真さんは、みんなと一緒に昇っていた」と伴侶が教えてくれました。両目の視力を失いながら、命を掛けて日本に渡って仏教を伝えた鑑真は、とても純粋な心の方でした。

深い闇を経験して大きな光になるため、日本を封印する役目としての仏教を日本に伝えた鑑真は大きな役割を担っていたと感じます。鑑真の御魂が光に還ったことで、安堵の気持ちになりました。私たちは、唐招提寺での解除を終えて、太安万侶の墓に向かいました。

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posted by 地球の子 at 15:25| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする