2015年04月24日

鹿児島 可愛山稜 〜巡礼の旅(197)〜

「何故だか、居心地悪いのだ。私は還る場所がないのだ。お前たち人間が私を作ったのだ」と訴えて来た、ニニギを名乗る闇のエネルギー体が光の柱に乗って昇天して行った、可愛山稜(えのやまのみささぎ)での浄化と解除

1月22日(木)、熊襲の穴での解除を終えて、可愛山稜に向かいました。約1時間30分、車を走らせて現地の駐車場に着きました。可愛山陵は鹿児島県薩摩川内市宮内町の神亀山の新田神社に隣接した場所にあり、ニニギ(天津日高彦火瓊瓊杵尊:あまつひたかひこほのににぎのみこと)の陵と伝えられています。

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ニニギの陵とされる場所は可愛山陵の他にもあり、宮崎県の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」、男狭穂塚(おさほづか)を「可愛山陵参考地」と定められたといいます。天孫降臨の神話に基づいてつくられた場所が宮崎と鹿児島を主とする九州地方にはいくつか存在します。ある意味で神話の証の場所がつくられました。

長い間、日本を封印する働きをしてきた神話の証の場所に光を入れる必要がありました。真実を隠す場所には闇が存在します。光を封印して闇の環境をつくるためです。車を駐車場に停めて、最初に新田神社に向かいました。新田神社は、鹿児島県薩摩川内市宮内町にある薩摩国一宮の神社です。

新田神社の祭神は、天津日高彦火邇邇杵尊(ニニギ)、天照皇大御神(アマテラス)、正哉吾勝々速日天忍穂耳尊(アメノオシホミミ)といいます。長い石段の参道を登って行くと、右手に大きな神木がありました。龍神が封印されていると感じたので、光の柱を降ろしました。「白龍が解放された」と伴侶が教えてくれました。

社殿のある境内に到着して、社殿の前で解除の宣言をしました。巫女の方に可愛山稜への道順を聞いて、社殿右奥にある可愛山稜に歩いて移動しました。私たち以外に参拝者は居ませんでした。少し鳥肌が立っていました。可愛山稜の前で、この地を開きに来た旨を伝えて、光の柱を降ろしました。

「私は神だ。この地を守っている」と伴侶が伝えて来ました。ニニギの名前を語る闇の存在でした。「あなたの役目は終わりです。あなたもお分かりでしょう。あなたと同じような闇の役割の方々は皆、還っています。どうぞ自分の意志で光に還ってください」と伝えました。これまで何度も対峙した傲慢極まりない闇の存在とは違う感じでした。

「何故だか、居心地悪いのだ。私は還る場所がないのだ」と闇の存在は訴えて来ました。鹿児島を含めた九州の地が開かれていき、光が広がって明るくなると闇の存在は居心地悪くなるのです。「お前たち人間が私を作ったのだ」と闇は続けて来ました。闇の存在が言うとおり、ニニギなど神話に登場する神は、人間によって創作されました。

そして、人間が信じ、神社などの神話の証の場所で、人間が願い事をして、エゴの闇でエネルギー体が作られたのです。「あなたの思いは分かります。でも、それがあなたの役目です。還る場所はあります。あなたが還ると決めれば還るべき所に還れます」と私は伝えました。「本当なのだな」と闇は確認してきました。

「大丈夫です。光を降ろしますので、どうぞ安らかに天に昇ってください」と私は伝えて、光を降ろしました。「昇って行った」と伴侶が教えてくれました。人間のエゴで創られた闇のエネルギー体が自らの意志で光に還ったのは、初めてのことでした。世の中の環境が変わってきたと実感して、私たちは可愛山稜を後にしました。

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posted by 地球の子 at 12:55| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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