2015年05月02日

鹿児島 高屋山上陵 〜巡礼の旅(201)〜

高屋山上陵(たかやのやまのえのみささぎ)にて光を降ろし、手に紐でつながった球を持った、ピンクと青色のレムリアの女神が解放され、地、水、火、風、空の5大の要素のレムリアの女神が揃って自由を取り戻した、鹿児島巡礼の旅

1月23日(金)、龍神温泉での解除を終えて、私たちは上野原縄文の森(上野原遺跡)に向かいました。約50分、車で走って現地の駐車場に着きました。上野原遺跡は、鹿児島県霧島市国分上野原縄文の森にある縄文時代早期から近世にかけての複合遺跡です。遺跡の周辺は「鹿児島県上野原縄文の森」という県営公園になっています。

takayanoyamanoenomisasagi_convert_20150502155423.jpg

現地は自然のままの遺跡というより人の手が加えられた観光施設という感じでした。車を降りて、縄文の森展示館の方に移動しました。訪問客は、私たち以外にあまり見当たりませんでした。館内の展示を見学した後、屋上に移動しました。時間的に余裕がないので、上野原遺跡全体が開かれるよう意図して光の柱を降ろしました。

上野原縄文の森を後にして、高屋山上陵に向かいました。40分程、車で移動して、現地に到着しました。高屋山上陵は、霧島山山麓の鹿児島県霧島市溝辺町麓にあるホオリ(天津日高彦火火出見尊:あまつひこたかひこほほでみのみこと)の陵とされています。可愛山陵(えのやまのみささぎ)、吾平山上陵(あいらさんりょう)とともに神代三山陵の一つといいます。

可愛山陵、吾平山上陵は既に訪れて解除した場所でした。1874年(明治7年)、明治政府により霧島山山麓のこの地を「高屋山上陵」と治定したそうです。駐車場に車を停めて、鳥居のある所まで歩いて移動しました。鳥居の向こうは囲いの柵がされていて、山裾になっていました。鳥居の手前には、守衛所が備えられたいました。

陵の対面には記念碑のある丘になっていました。丘に登って、この地を開きに来た旨を宣言して、光の柱を降ろしました。「黒い靄がかかっているだけ」と伴侶が伝えて来ました。吾平山上陵を解除して開いたために闇の存在は消えていたようでした。封印解除を意図して、再度、光を降ろしました。

「ピンクと青色の女神が解放された」と伴侶が教えてくれました。女神は手に紐でつながった球を持っているといいます。レムリアの空の女神だと感じました。これで、3日間の鹿児島巡礼の旅を通じて、地、水、火、風、空の5大の要素のレムリアの女神が自由になりました。光の拠点を封じていた闇のエネルギー体が光に還りました。

縄文の神々が解放され、黒龍をはじめとする龍神たちも解き放たれました。鹿児島の地は、非常に重要な場所だと分かりました。私たちは、鹿児島の地が開かれて本来の姿になり、九州から日本全体に光が広がって行くことを祈りながら、帰路につきました。

【関連記事】
宮城 多賀城跡 アラハバキ神社 〜巡礼の旅(12)〜
葉山 森山神社 〜巡礼の旅(33)〜
佐賀 吉野ヶ里遺跡 〜巡礼の旅(182)〜
posted by 地球の子 at 16:00| 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする