2015年06月10日

千葉 船越鉈切神社 〜巡礼の旅(217)〜

岩穴の中の祠の前で、闇のエネルギー体と対峙して虹の龍神によって光に強制送還し、社殿の洞穴と磐座に光を降ろして美しい縄文の女神が解放された、船越鉈切(ふなこしなだぎり)神社での浄化と封印解除

4月15日(水)、洲宮神社を後にして、船越鉈切神社に向かいました。約20分、車で走って、現地の駐車場に着きました。船越鉈切神社は、千葉県館山市浜田にある神社で、祭神は豊玉姫命といいます。浜田の船越鉈切神社の県道を挟んだ海側の物見には海南刀切(かいなんなたぎり)神社があります。

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かつては両社はひとつの神社として信仰されていたといいます。浜田の船越鉈切神社を上ノ宮、物見の海南刀切神社を下ノ宮と呼んでいたそうです。船越鉈切神社の本殿は鉈切洞穴として県の指定文化財になっている洞窟の中にあります。また、境内には宝塔を浮き彫りにしたやぐらがあるといいます。

元禄6年に時の領主石川政徃が奉納した燈籠や文化10年の燈籠や安政2年の手水鉢があり、その他、社宝として市指定文化財の独木舟(まるきぶね)、元禄10年に紀州漁民が奉納した鰐口(わにぐち)などがあるそうです。計画段階で、この神社を選んだのは、鉈切洞穴の遺跡があるからでした。

私たちは車を駐車場に停めて、参道を歩いて行こうとしました。車から降りると伴侶が体調が悪く、行きたくないと言い出しました。「邪魔が入った」と感じて、伴侶の体に光の柱を降ろしました。「首の後ろに黒い物がついていた。最初に行った神社の時かもしれない」と彼女が伝えて来ました。

闇が邪魔したのは、この場所がとても重要だからだと感じました。参道を歩いて行くと、鳥居をくぐった右手に築山のような岩があり、穴の中に祠が祀られていました。「寒気がする」と伴侶が伝えて来ました。私も鳥肌が激しく立っていて、闇のエネルギー体がいると感じました。祠の前で、解除の宣言して、光の柱を降ろしました。

「私がこの地を守っている。私は神だ。この地は私の物だ。お前たちは立ち去れ」と伴侶が言いました。自分を神だと名乗る闇のエネルギー体でした。「自分を神だと言う本当の神はいません。この地はあなたのものでもありません。あなたの役割は終わりです。どうぞ自分の意志で光に還ってください」と私は伝えました。

「お前の言っていることは分からん。立ち去れ」と闇のエネルギー体は傲慢な口調で言って来ました。「話が通じませんので、光を降ろします」と伝えて光の柱を降ろしました。「虹の龍神の光で消えた」と伴侶が教えてくれました。岩穴の祠を後にして進み、一番奥にある洞窟の社殿に着きました。

洞窟の社殿の左に磐座があり、その前に古い石祠がありました。社殿の前で、この地を開きに来た旨を宣言し、本来の姿になるよう意図して光の柱を降ろしました。「美しい縄文の女神様が出て来た。大国主さんも近くにいる」と伴侶が教えてくれました。闇のエネルギー体がいたのは、縄文の女神が封印されている重要な場所だからでした。

参道を戻る時に手水舎の柱に「大蛇 修験道」の文字と家紋が記されたお札のシールが張られているのに気づきました。「闇のエネルギーなので光を降ろした方がいい」と伴侶が伝えて来ました。シールから全てに通じるよう光を降ろしました。私たちは船越鉈切神社の解除を終えて、海南刀切神社に向かいました。

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posted by 地球の子 at 15:30| 千葉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする