2016年07月20日

埼玉 金鑚神社 〜巡礼の旅(304)〜

「金鑚神社の奥宮の岩山は闇の岩だと感じた。光を降ろすと日本龍を封じるための闇のボスの魂を引き継ぐことが止まったと分かった。串本の橋杭岩に光を降ろすと楔を打った闇の結界だと感じた。高塚の森に光を降ろすと、光の場所である古代祭祀場を封じるために闇の柱が降ろされたと分かった。」

2015年9月9日(水)、金鑚(かなさな)神社 の解除を行いました。金鑚神社は、埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮にある神社で、、「武州六大明神(武蔵六所大明神)」の一社に数えられる神社です。祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)といいます。

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金鑚神社は、埼玉県北西部に立つ御獄山(標高343.4m)山麓に鎮座し、社殿後背の御室山(御室ヶ獄)を神体山として祀っています。山を神体山とするため、社殿には本殿は設けないという古代祭祀の面影を残しています。本殿を設けない古例を採るのは、他に長野県・諏訪大社、奈良県・大神神社のみとされます。

社名「金鑚」は、砂鉄を意味する「金砂(かなすな)」が語源であると考えられています。金鑚神社の近くの神流川(かんながわ)周辺では良好な砂鉄が得られたと考えられており、御嶽山からは鉄が産出したという伝承もあるといいます。砂鉄は、刀などの武器を作る原料であり、渡来人にとって大事なものです。

金鑚神社は砂鉄が採れる場所にあり、日本を封印する役割であった渡来人たちにとって非常に重要な拠点であったと感じます。金鑚神社の境内の画像を見て、金鑚神社・里宮、鏡岩(かがみいわ:御嶽の鏡岩)、あやめ池、奥宮に光を降ろすことにしました。航空写真地図を見て、まず、金鑚神社(里宮)の社殿に光を降ろしました。

「光は入ったと思います」と伴侶が伝えて来ました。次に、鏡岩に移りました。鏡岩は、御嶽山の中腹にある岩で、名前の由縁は、岩肌表面が鏡のように平らであることから来ています。赤鉄石英片岩の岩質で、岩面の長さは約4m、幅は約9mです。画像を見て鏡岩に光を降ろしました。

「入りました」と伴侶が伝えて来ました。次に、あやめ池に移りました。あやめ池は、御嶽山に対して鏡岩とは反対側にある池です。画像を見て光を降ろしました。「はい、いいです」と伴侶が言いました。金鑚神社の最後は御嶽山山頂の岩山の奥宮です。奥宮の画像を見ると甌穴岩だと感じました。

闇のエネルギーがが出る岩です。これまでの巡礼の旅では、闇のエネルギーが出る甌穴岩は、川や海にある場合が多かったのですが、金鑚神社の場合は、御嶽山山頂に闇の岩が置かれていました。金鑚神社・奥宮の画像を見て光を降ろしました。「山頂は闇の魂を引き継ぐ場所」と伴侶が伝えて来ました。

「日本龍を封じるための闇のボスの魂を引き継ぐ。それが止まった」と伴侶が教えてくれました。日本龍とは、日本列島に封印されている龍体エネルギーのことです。ここが時代を超えて、日本龍を封じる闇のボスの人間を引き継がせて行った場所だといいます。日本の封印する要の場所でした。

日本龍の封印を解くためには、金鑚神社・奥宮の闇を解除する必要があったのです。この後、日本アルプスの険しい山々に光を降ろして、日本龍を解放することに繋がって行きました。9月11日(金)、和歌山県串本町の解除を行いました。目的地は、橋杭岩(はしくいいわ)と巨石遺跡の高塚の森です。

橋杭岩は、和歌山県東牟婁郡(ひがしむろぐん)串本町にある奇岩群です。海岸から紀伊大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850mの長きにわたって連続してそそり立っています。直線上に岩が立ち並ぶ姿から橋杭岩と呼ばれています。干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができます。

弘法大師が天の邪鬼と串本から沖合いの島まで橋をかけることが出来るか否かの賭けを行ったという伝説があります。弘法大師が橋の杭を殆ど作り終えた時、天の邪鬼はニワトリの鳴きまねをして弘法大師に朝が来たと勘違いさせて、その場を去り、そのため橋の杭のみが残ったといいます。

画像を見て橋杭岩に光を降ろしました。「闇の結界で間違いない。楔(くさび)を打った」と伴侶が教えてくれました。「アヌンナキが弘法大師に作らせたと感じる」といいます。次に、高塚の森に移りました。高塚の森は、和歌山県東牟婁郡串本町潮岬の潮御崎神社の社領にあります。

高塚の森は、古くからの禁足地であり、古代の太陽祭祀遺跡ではないかという説があります。高塚の森の画像を見ると森の中に磐座が点在していました。明らかに縄文時代または、レムリア時代の祭祀場だと感じました。画像を見て高塚の森に光を降ろしました。

「穴みたいなものが見える。闇の柱が降りたところみたい」と伴侶が伝えて来ました。巨石のある場所は古代の祭祀場であり光の場所です。その光を封印するために闇の柱が降ろされたのだと感じます。串本の地の解除を終えて、気になっていたことに目を向けました。

9月11日(金)の朝から頭痛がしていました。2015 年(平成27年)9月9日から11日にかけて豪雨災害が発生した関東・東北豪雨が起こりました。鬼怒川の氾濫があり、鬼怒川について調べると鬼怒川周辺には、下毛野氏の国があったとことが分かりました。自分に光を降ろして伴侶に観てもらいました。

「剣を持ったお猿さんが2匹、首回りにいる。日光と出た」と伴侶が教えてくれました。渡来人の下毛野古麻呂(しもつけのこまろ)が光に還りたがっていると感じました。下毛野古麻呂の魂が昇天するよう意図して光を降ろしました。「何人か連れて昇って行った」と伴侶が伝えて来ました。

豪雨や豪雨災害は、その土地の闇を洗い流して浄化するため、そして、その周辺の人々が目に見えない大切なものに気づくために起こると感じます。人はモノやお金に捉われると、自然に対する感謝することを忘れてしまいます。人が日々の生活や自然に対して感謝することが大事になります。

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posted by 地球の子 at 17:59| 埼玉県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする