2016年10月01日

北海道 日高山脈 〜巡礼の旅(324)〜

「牛の姿をした闇の存在は、人間は洗脳の箱に入ると示唆して来た。牛乳は闇の経験のために広められ、牛は根源的な闇の役割を担っていると感じた。闇の時代の終焉と共に闇の役割も終わる。光へのシフトは、一人ひとりが真実を見極め、真実という光を選択していくこと重要になる。」

4月5日(火)、北海道の日高山脈の解除を行いました。十勝幌尻岳に光を降ろすと牛の姿のエネルギー体が現れて、「人間は体に良いと言うと何でも食べる」と伝えて来ました。牛という存在自体が闇の役割を担い、人間にとって牛乳は闇を経験するために降ろされたものだと感じたのです。

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日高山脈は、北海道の中央南部にある山脈です。狩勝峠側の佐幌岳から襟裳岬までを南北に貫いており、長さは南北およそ150 km、最高峰は幌尻岳の標高2053mです。地形が急峻で険しく、山脈を横断する交通路は一部を除いて無きに等しいといいます。日高山脈は、稜線にナイフリッジを連ねています。

氷河地形である圏谷(カール)が見られる日本では数少ない極めて峻険な山脈とされます。登山道がある山は少なく、林道歩きと沢登りが前提となるため登山は容易ではないといいます。日高山脈は、人の手が入っていない大自然が残る山々です。これまでに、羊蹄山や大雪山など北海道の山々は、光を降ろして解除して来ました。

北海道唯一の山脈である日高山脈の解除が今の時期になったのは、何か理由がある感じていました。ウィキペディアで日高山脈の山の名前を確認して、航空写真地図を見ながら光を降ろして行きました。日高山脈は、北日高、中日高、南日高の3つに分れており、順番に山々に光を降ろしていきました。

北日高の佐幌岳(1059m)、トマム山(1239m)、狩振岳(1323m)、ペンケヌーシ岳(1750m)、芽室岳(1754m)の順に光を降ろして、剣山(1205m)に光を降ろすと、「光が出て来た」と伴侶が伝えて来ました。光が出る山は、ポータルの役目をしています。チロロ岳(1880m)を終えて、ピバイロ岳(1917m)に光を降ろしました。

「ここも光が出た」と伴侶が教えてくれました。帯広岳(1089m)、神威岳(1600m)を順に終えて、幌尻岳(2053m)に光を降ろすと、「ここがとっても大事な山」と伴侶が言いました。次に、十勝幌尻岳(1846m)に移った時、「牛が見える」と伴侶が驚いた声で伝えて来ました。

私は、航空写真地図で十勝幌尻岳を確認して、光を降ろしました。「牛のエネルギー体がいる」と伴侶が言いました。アニメの鬼太郎に出てくる、「牛鬼(ぎゅうき)」という妖怪の姿だといいます。私は闇の存在だと思いました。今までの巡礼の旅の中でも、「牛鬼」のような姿のエネルギー体と対峙し、解除したことがありました。

滋賀県・比叡山にある日吉大社の摂社・牛尾神社にたい攻撃的なエネルギー体です。牛頭天王(ごずてんのう)というエゴの闇のエネルギー体だと感じました。私は、牛のエネルギー体に対して、闇の役割を終えて光に還るように伝えました。牛のエネルギー体は、「人間は体にいいと言うと何でも食べる」と伴侶を通じて言って来ました。

牛のエネルギー体が伝えて来たことは、「牛乳」のことだと感じました。再度、牛のエネルギー体が光に還るよう意図して光を降ろしました。「妖怪の牛鬼ではない。そんなものではないと怒っている」と伴侶が伝えて来ました。十勝幌尻岳にいた、牛の姿のエネルギー体は、純粋な闇の存在だと感じました。

人間に純粋な闇を経験させるための存在です。牛乳は、私たち人間が闇を経験するために広められたと感じます。いつも肉体が健康だったら、苦しみや辛さを経験できません。病気にならないと健康のありがたみは分かりません。牛乳は、肉体を闇にして、病気に繋がるためのものとして降ろされたと感じます。

牛乳には、人間が闇を経験するためという意図があったのでしょう。牛乳の起源は、紀元前4000年の古代メソポタミアで、古代メソポタミアの壁画には搾乳や乳を利用する様が描かれているといいます。酪農の「酪」は、古代メソポタミア語で「濁り酒」の意味だとされます。お酒と同様、牛乳も闇の時代のために、地球に降ろされたものだと感じます。

日本では、牛乳は学校給食でも出され、栄養摂取に欠かせない食品とされて来ました。赤ちゃんを育てるために、母乳が出ない母親には、粉ミルクの利用が広まっています。何故、日本の学校給食で牛乳を飲まなければならないのか、多くの人が疑問を持つでしょう。「人間は体にいいと言うと何でも食べる」という闇の存在のメッセージから分かります。

牛乳は、古くから真実を隠されて、広められた食品なのです。人々が洗脳されて取り入れて行ったものです。真実を隠さないと闇は経験できません。しかし、決して「牛乳が悪い」という訳ではありません。人間が闇を経験するために必要だったのです。光を知るために闇は必要です。

闇の解除の活動の中で、牛乳だけではなく、「牛」という存在自体が根源的な闇のために降ろされた存在だと感じて来ています。「丑寅(うしとら)」は、北東の方角で、陰陽道で鬼門とされます。丑の刻(午前1時から午前3時ごろ)に呪いを掛ける「丑の刻参り」という言葉からも分かります。

「牛」は、食生活、宗教、王制(階級制)、農耕文化など、古くから人間の生活の中に深く入り込んで来ました。「牛」は、地球を闇の時代に入れるために降ろされた存在だと感じます。地球が光の時代に移って行くのと同時に、「牛」の役割も終わります。光の時代への移行は、私たち一人ひとりが、自分の感覚で真実を見極めて、真実という光を選択していくことに掛かっています。

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posted by 地球の子 at 17:28| 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする