2016年12月27日

石垣島 フルスト原遺跡 〜巡礼の旅(347)〜

「フルスト原遺跡に光を降ろすと、縄文人の長が、真実を書いて広めて欲しいと伝えて来た。縄文の人たちは、その存在すら抹殺されて隠蔽され、歴史の中から、なきものにされた。沖縄の石垣島でも、日本の本土と同様に、光の縄文時代があったと確信した。」

石垣島の旅の2日目は、午前8時半に宿泊先のホテルを車で出発して、フルスト原(ふるすとばる)遺跡に向かいました。フルスト原遺跡は、沖縄県石垣市大浜の丘陵にある城(グスク)状の遺跡です。フルスト原遺跡は、オヤケアカハチの居城跡であると言い伝えられてきました。

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フルスト原遺跡は、丘陵東側の高さ約2メートルの崖上に珊瑚性石灰岩を野積みした城壁を巡らした中に、同様の構造の郭状遺構が十数区画確認されており、西南部には御嶽(うたき)跡があるなど、グスクの特徴を備えているといいます。敷地からは、中国製陶磁器や八重山焼の破片が出土しています。

オヤケアカハチは、15世紀に八重山諸島を支配した豪族で、1500年にオヤケアカハチの乱を起こして琉球王国の尚真王(しょう しんおう)に討伐され、以後、八重山諸島は琉球王国の支配下に入ったといいます。フルスト原遺跡の正確な住所が分からないままに、ナビと感覚を頼りに探して行きました。

途中の道路では、日本の本州では見られない可愛らしいシロハラクイナの親子を幾度も目にしました。かなり迷った後、フルスト原遺跡の案内板を見つけました。小さな地図から、案内板がある所一帯がフルスト原遺跡のようでした。車と道路脇に停めて、フルスト原遺跡に光を降ろしました。

「なきものにされたと言ってきている。やまとびとの人たちみたい。長(おさ)が伝えてきた。真実を書いて広めて欲しいと伝えて来た」と伴侶が教えてくれました。「分かりました。書いて広げて行きます」と私は長に伝えました。そして、やまとびとの人たちの魂が光に還るよう光を降ろしました。

「やまとびとの人たちの魂が昇って行った」と伴侶が伝えてくれました。「やまとびと」とは、先住民の縄文の人たちのことです。やはり石垣島も本州と同じだと感じました。大元のシュメールから広がった闇が光を封印して行ったのです。縄文人の人たちの真実が歴史の中から消されて行きました。

これまでの巡礼の旅から、光の時代の縄文時代、先住民の「やまとびと」の人たちは、大陸から渡って来た渡来人たちによって抹殺されて、闇の時代に移って行ったことが分かっていました。渡来人たちに連行されて生き埋めにされたこともヒプノセラピーで伝えられていました。

鹿児島の巡礼の旅では、熊襲の穴に光を降ろすと、「熊襲(くまそ)」と差別的呼称をつけられた縄文人の長が「真実を伝えて欲しい」と伝えて来たこともありました。アイヌ、蝦夷(えみし)、熊襲など地域によって色々な呼び名はありますが、全ては縄文人のやまとびとの人たちのことです。

幸せに暮らしていた各地域の村々がヤマト王権と渡来人たちによって制圧支配されて、現在の日本という国家の原型が出来上がりました。光を封印して闇にするためでした。そのためには、全てを「なきものにする」ことが必要でした。真実が隠されることで闇は広まりました。

縄文時代の真実という光を隠蔽するために、古事記や日本書紀などの神話が創られました。そもそも、光の時代には文字は存在しません。真実を隠して闇の時代をつくるために文字は降ろされたのです。闇から光に移行する時、光が広がり、隠された真実が明らかになって行きます。

私たちは、フルスト原遺跡の解除を終えて、オケヤアカハチ像に移動しました。オケヤアカハチ像は、フルスト原遺跡の案内板から近い所にありました。車から降りて歩いて向かうと、オケヤアカハチ像の左側に3つの御嶽が、右側には1つの御嶽がありました。4つ並んだ御嶽でした。

訪問後に調べてみると、黒石御嶽(クルセオン)、大石御嶽(ウイヌオン)、火の神御嶽(ピィナカンオン)、崎原御嶽(サキバルオン)だといいます。最初の御嶽の黒石御嶽はとてもネガティブで鳥肌が立ちました。フルスト原遺跡の近くなので、本来は光の場所だから封じられていると感じました。

順番に、4つの御嶽に光を降ろして行きました。石垣島の御嶽には鳥居があり、沖縄本島の御嶽とは異なる感じでした。調べてみると、鳥居があるのは、明治維新から琉球処分以降の「皇民化政策」による神道施設化の結果であり、本来のものではないといいます。御嶽を神社にしようとしたということです。

崎原御嶽の対面にある大岩を包み込んだガジュマロが気になり、光を降ろしました。そして、オケヤアカハチ像の前に立ちました。オケヤアカハチ像は、とても怖い表情をしていました。「エネルギー体がいるみたい」と伴侶が言って、闇のエネルギー体と対峙することになったのです。

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posted by 地球の子 at 10:44| 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする