2017年02月02日

北海道 ジュウボウ岬 西の河原 〜巡礼の旅(355)〜

「ジュウボウ岬の西の河原には、闇の岩が置かれて封じられていた。遠隔で光を降ろすと地底と繋がるポータルが開いた。神威岬はある意味でフェイクの役目をしていた。ジュウボウ岬の地蔵尊から放たれた白龍に加え、余別岳に光を降ろすと黒龍が解放された。」

神威岬の解除を終えて、泊原発方面に国道229号線を走って行きました。計画では、神威岬より先の解除ポイントは確定していませんでした。とりあえず、泊原発の周辺を経由して帰る予定にしました。運転しながら、西の河原トンネルに入る手前、右手に見えた尖った岩が幾つかある岬が気になりました。

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一瞬、耳元で「早く早く・・」と色々な人の声が混ざった雑音のような音が聞こえました。車のナビの地図を見ると「地蔵尊」の文字がありました。何か大事なものがあると感じました。トンネルを抜けた所の駐車場に立ち寄りました。西の河原トンネルと大天狗トンネルの間の駐車場でした。

車を停めて、駐車場から先程の地蔵尊を意図して光を降ろしました。「白龍が出てきた」と伴侶が伝えて来ました。白龍が出たことは黒龍がいると感じました。海と反対の山側は岩山のようになっていました。この時点では詳細は分かりませんでしたが、後日、「地蔵尊」の場所をPCで調べてみました。

「ジュウボウ岬 西の河原(さいのかわら)」でした。西の河原は、北海道古宇郡神恵内村珊内(さんない)ジュウボウ岬にある霊場で、アイヌ語で「神の遊びしところ」を意味する「カムイミンタラ」と呼ばれていたそうです。ジュウボウ岬の付け根付近一帯は、多くの奇岩が存在しているといいます。

その姿は地の果てを思わせる荒涼とした景観を形成しています。積丹半島一帯は船の往来の難所で遭難が多発しており、北海道三大難所(茂津多岬、雄冬岬、神威岬)の一つに数えられ、船乗りの間では古くより「地獄の賽の河原」と呼ばれて恐れられてきたとされます。

そのため、遭難者の霊を祀るための地蔵が建てられたことが始まりといいます。動画で見ると西の河原一体にある岩は闇の岩だと感じました。闇のエネルギーが放たれる岩で覆われていることは何かあると思い、遠隔で光を降ろしました。「ここがポータル。ポータルが開いた」と伴侶が伝えて来ました。

「神威岬はフェイクっぽい」と彼女は続けました。大事な場所を隠して、人を寄せ付けないようにするために、人寄せの場所が別に置かれている場合が多いです。西の河原周辺の海も積丹ブルーの青色だといいます。いずれにしても、積丹半島のポータルが開いてホッとしました。

積丹半島巡礼の旅に戻ります。西の河原トンネルと大天狗トンネルの間の駐車場から一つの奇岩が見えました。調べてみると「オプテコ岩」と呼ばれる岩のようです。光を降ろすと、「男の人の大きな顔が出てきた」と伴侶が伝えて来ました。誰なのか、どういう意味なのかは分かりませんでした。

オプテコ岩の解除を終えて、「とまりん館」に移動しました。「とまりん館」は、 北海道古宇郡泊村にある原子力PRセンターです。駐車場に車を停めて、泊原発を意図して光を降ろしました。「光は入りました」と伴侶が言いました。日本各地の原発に光を降ろす必要があると感じました。

とまりん館を後にして、道を進んで行くと、余別岳が気になりました。余別岳は、標高1298mの積丹半島最高峰の山です。西の河原の不動尊から白龍が解放されたので、余別岳に黒龍が封印されていると感じました。道の駅に向かう途中の駐車場で、余別岳を意図して光を降ろしました。

「黒龍が解放された」と伴侶が教えてくれました。積丹半島の黒龍と白龍の対の龍神が解放されました。積丹半島の自然が蘇り、光のエネルギーが放たれることは北海道にとっても日本にとっても重要です。積丹半島が本来の姿になり、光が広がって行くのを願っています。

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posted by 地球の子 at 20:29| 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする