2017年03月04日

京都 弓月君 〜巡礼の旅(362)〜

「右肩に強い痛みはエネルギーの矢が刺さったからだった。エネルギーの矢を放ったのは、秦氏の先祖の渡来人の弓月君(ゆづきのきみ)だと感じた。光を降ろして弓月君の御魂は昇天した。大勢の渡来人のエネルギー体が列を作って、一人ひとり意図して光に還して欲しいと伝えて来た。」

日本は闇の役割の渡来人によって封印されました。光を放つ土地が封印され、光の縄文時代のやまとびとが殺められ、光の人々が封じられました。日本は光の時代から闇の時代に入りました。封印は輝くための封印です。渡来人の御魂が光に還り、闇の封印が解かれる時が来たのです。
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2016年9月10日(土)、右肩の異常を覚えました。急に、冷たくて痛いという感じになりました。右肩の直径2cm程の円形部分が冷たくなって、筋肉が異常に凝っている状態でした。「また闇からの知らせかな」と思いました。闇のエネルギー体が光に還りたい場合、体の痛みで知らせて来るのです。

自分に光を降ろして、伴侶に観てもらいました。「右肩に矢のような細いエネルギーの棒が刺さっている」と伴侶が伝えて来ました。この時は、渡来人の誰かからの知らせだとは感じていましたが、エネルギーの矢を放って来た渡来人が誰なのか、全く見当がつきませんでした。

日本に光が広まってくると、闇のエネルギー体も分かるのです。「居心地が悪いから早く還して欲しい」と伝えるために痛みで知らせて来ます。人間は違和感や痛みのような刺激がないと気づきません。闇の存在は、闇のエネルギー故に近づくことで物理的な刺激になるのです。

これまでに、体の一部の痛みで知らされて、千葉県の房総半島、石川県の能登半島、秋田県などの古墳に光を降ろして、古墳に埋葬されて名もなき渡来人たちのエネルギー体を光に還すことを経験して来ました。また、頭を槍で突いて頭痛になって知らせてきた著名な渡来人もいました。

蘇我氏の氏祖とされる武内宿禰(たけしのうちのすくね)です。福島県の磐梯山山頂にある磐椅(いわはし)神社に光を降ろして、祭神の武内宿禰のエネルギー体が光に還って行きました。伴侶の夢に出て来て知らせてきた、安曇氏の族長的な存在の安曇比羅夫(あずみのひらふ)もいました。

長野県の穂高神社・本宮に光を降ろすと、祭神の安曇比羅夫のエネルギー体が光に還って行きました。実際に、墓所に足を運んで渡来人のエネルギー体を光に誘ったこともありました。奈良県の談山神社に祀られた十三重石塔の墓所に光を降ろし、藤原不比等のエネルギー体が光に還りました。

その時、「長い長い長い時だった。私も光のことは知っている。覚悟は出来ているか」と藤原不比等は伝えて来ました。「覚悟は出来ているか」という問いは、闇の役割の渡来人たちが光に還ることで、闇の世界が崩壊して現実世界に大きな変化が訪れるということを示唆していました。

奈良県の飛鳥寺の墓所を訪れて光を降ろすと、蘇我入鹿のエネルギー体が昇天して行きました。その際、「私も黒いことをしてきた。大陸の人たちと上手くやろうとしたが、向こうの方が勝っていた」と伝えられました。中臣鎌足と争った大化の改新の際の出来事を物語っていました。

兵庫県の大避(おおさけ)神社の生島の墓所に光を降ろして、秦氏の族長的人物である秦河勝のエネルギー体が光に還りました。「もう、そういう時代になったのだな」と感慨深そうに伝えて来たのが印象に残っています。渡来人の人たちは、自分たちの闇の役割を心得ていると感じました。

2日後の9月12日(月)、神戸出張ヒプノセラピーのセッションの中で、エネルギーの矢を放って来た渡来人が特定できました。「弓月君」「松尾大社」という固有名詞が出てきたのです。弓月君は秦氏の先祖とされる渡来人で、秦氏ゆかりの松尾大社には四方に弓矢を放つ祭事がありました。

エネルギーの矢を放って肩の痛みで知らせてきたのは、弓月君に間違いないと確信しました。弓月君の御魂が光に還るよう意図して、光を降ろしました。「弓月君は昇天して行った。でも、まだ沢山の渡来人のエネルギー体が長い列を作っている」と伴侶が伝えて来ました。

「まとめてではなく、一人ひとりの名前を意図してやって欲しいと言っている」と伴侶が教えてくれました。「分かりました。いずれ皆さんの名前を意図して光を降ろして行きます」と私は答えました。そして、3日後、渡来人のエネルギー体を光に還すために予期せぬ時間を与えられたのです。

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posted by 地球の子 at 14:53| 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする