2017年03月07日

大阪 道臣命 〜巡礼の旅(363)〜

「特定の渡来人の御魂を上げて行った。秦氏と並ぶ地位の渡来人の東漢氏(やまとのあやうじ)、対朝鮮外交で活躍したとされる葛城氏、2系統の別れた春日氏、大臣級の高官を輩出したとされる阿部氏の氏祖が光に還り、朝廷の軍事を管掌していたとされる大伴氏の始祖・道臣命(みちのおみのみこと)の御魂を光に導いた。」

光の講座(神戸)の2日目、参加者のYさんが1冊の本を買ってきたと話しました。「渡来人」と書かれた分厚いハードカバーの本でした。「何となく本屋に行ってみたら1冊残っていたこの本を買いたくなった」といってを入手したといいます。「ああ、買わされたんだな」と私は思いました。

michinoonomikoto[1].jpg

光に還りたい渡来人のエネルギー体がYさんを誘導したのです。光の講座に参加されていたYさんは、「ユダヤの皇子だった前世がある」と伴侶が伝えていました。Yさんは、「全ての渡来人の大元となるシュメールの前世がある」と私は感じました。「渡来人」の本はサインだったのです。

「渡来人の御魂をあげる作業をしなさい」ということです。渡来人のエネルギー体を光に還すことは、渡来人の大元であるYさんの闇を解除することに繋がります。その日の光の講座のスケジュールを変更して、午前中は、渡来人の御魂を光に導くためのエネルギーワークをすることにしました。

Yさんは、元々、渡来人に関する知識は豊富で、本を参考にしながら具体的な渡来人の名前をピックアップしてもらうことにしました。私は、指名された渡来人についてパソコンで調べて行きました。伴侶には、チャネリングをしてもらいました。最初にYさんが指名してきた渡来人は、「東漢氏」でした。

東漢氏は、漢人系の阿知使主(あちのおみ)を氏祖とする帰化系氏族集団で、東漢氏は集団の総称といいます。漢氏 (あやうじ)は、大和を拠点とする東漢氏と河内を拠点とする西漢氏(かわちのあやうじ)の別れたとされます。織物工芸に長けていたため、「漢」と書いて「アヤ」と読ませているといいます。

東漢氏は、秦氏と同じく漢土由来の製鉄技術をもたらし、土木建築技術や織物の技術者が居たとされます。東漢氏の代表人物を、氏祖の阿知使主としました。私は、阿知使主の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「何人も部下を引き連れて上がって行った」と伴侶が伝えて来ました。

次に指名されたのは、「葛城襲津彦(かつらぎそつひこ)」でした。葛城襲津彦は、武内宿禰の子で葛城氏の祖とされ、履中天皇(第16代)、反正天皇(第17代)、允恭天皇(第18代)の外祖父とされます。対朝鮮外交で活躍した伝説上の人物とされますが、百済記の記載から実在性が強いとされます。

「パソコンを物珍しそうに渡来人の人が覗いている」と伴侶が教えてくれました。私が渡来人についてパソコンで調べているのが余程珍しかったのでしょう。私は、葛城襲津彦の御魂が光に還るよう意図して光を降ろしました。「無念と言って昇天して行った」と伴侶が伝えて来ました。

当時、仕えていた天皇に裏切られた感じだといいます。次に、「春日氏(かすがうじ)」が指名されました。春日氏は、「春日」を氏の名とする氏族で、和珥氏(わにうじ)族の春日氏と敏達天皇後裔の春日氏に分けられます。和珥氏族の春日氏は、孝昭天皇の皇子・天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)を祖とします。

7世紀頃、春日氏の位置は蘇我氏、阿倍氏、大伴氏の下に置かれ、古来の名門豪族として朝廷内では重んじられたといいます。和珥氏族の春日氏の代表は、天足彦国押人命で、御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「イケメンの渡来人。光に還って行った」と伴侶が伝えて来ました。

敏達天皇後裔の春日氏の代表は、敏達天皇の皇子・春日皇子の後裔である田部王(たべおう)です。天平勝宝3年(751年)に臣籍降下し春日真人姓を賜与されているといいます。田部王を意図して光を降ろしました。「昇天した。Yさんの前世。たぶん子供だった」と伴侶が教えてくれました。

Yさんは、「最初、背中がぞくぞくしたけど、すぐに取れて行った感じがした」と話しました。Yさんの闇が一つ一つ光に変わって行くことになります。次に、「阿部氏(安倍氏:あべうじ)」が指名されました。阿倍氏は、「阿倍(安倍)」を氏の名とする氏族です。

孝元天皇の皇子・大彦命(おおひこのみこと)を祖先とする皇別氏族で、飛鳥時代から奈良時代に大臣級の高官を輩出したとされます。平安時代以後は「安倍」と称して、安倍晴明以後は陰陽師の家系として知られるようになったといいます。阿部氏の始祖の大彦命を意図して光を降ろしました。

「昇天して行った。大地から剥がされるような大きいエネルギー集団だった」と伴侶が伝えて来ました。次に、「大伴氏(おおともうじ)」が指名されました。大伴氏は、日本の古代氏族で、氏の呼称は平安時代初期に淳和天皇の諱(いみな)を避けて伴氏(ともうじ)に改称されたといいます。

天孫降臨の時に先導を行った天忍日命(あめのおしひのみこと)の子孫とされる天神系氏族で、佐伯氏とは同族関係とされます。「大伴」の名称は朝廷に直属する多数の伴部を率いていたことに因むといいます。また、軍事的部民を率いていたとされ、物部氏と共に朝廷の軍事を管掌していたと考えられています。

大伴氏の代表として、始祖の道臣命(みちのおみのみこと)を選びました。ウィキペディアには、柄の長い斧を携えている道臣命の絵がありました。道臣命の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「昇天して行った。弓矢も持っていた」と伴侶が伝えて来ました。

【関連記事】
奈良 談山神社 〜巡礼の旅(132)〜
奈良 飛鳥寺 〜巡礼の旅(139)〜
奈良 太安万侶の墓 〜巡礼の旅(190)〜
posted by 地球の子 at 23:51| 大阪府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする