2017年03月20日

奈良 物部尾輿 〜巡礼の旅(364)〜

「光の講座の中で具体的な氏名を意図して光を降ろし、合計13人の渡来人とその仲間の御魂を光に誘った。その中でも、物部尾輿は陰陽師であり、闇のエネルギーを用いて、大国主命などの縄文の神々を封印した、渡来人の中でも黒幕的なキーマンだったことが分かった。」

大伴氏の始祖・道臣命の御魂を光に誘った後、「船氏(ふねうじ)」が指名されました。船氏の氏祖は、王辰爾(おうじんに)で、第16代百済王辰斯王の子辰孫王(しんそんおう)が発祥とされます。蘇我稲目が勅命を受け、船の賦(みつぎ)を記録し、船史(ふねのふびと)の姓を賜ったといいます。
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王辰爾は、学問に秀で、儒教の普及にも貢献した人物とされます。船氏の氏祖・王辰爾の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「部屋が明るくなった」と伴侶が伝えて来ました。私も光を降ろした後、目を開けると視界が明るくなっているのが分かりました。船氏の闇が光に還った証でした。

次に、「鞍作氏(くらつくりうじ)」が指名されました。鞍作氏は、乗馬用の鞍などの制作を本業とする渡来系一族です。東漢氏(やまとあやうじ)が軍事面および土木技術面で蘇我氏を支えたのに対して、鞍作氏は仏教の面で蘇我氏を支えたといいます。鞍作止利は法隆寺の仏像の仏師として有名です。

鞍作氏の代表は司馬達等(しばだっと)です。司馬達等の御魂が光に還るよう意図して光を降ろしました。「まだまだだぞと言ってきた」とYさんが教えてくれました。まだ大勢の渡来人のエネルギー体が光に還るのを待っているようでした。次に、Yさんは、「百済王氏(くだらのこにきしし)」を指名しました。

百済王氏は、百済最後の王である義慈王(ぎじおう)の子である善光を始祖とする氏族で、持統朝に百済王の氏姓を賜与されたといいます。百済王氏の氏祖・百済王善光を意図して光を降ろしました。「黒い雲が立ち込めた」と伴侶が伝えて来ました。

「義慈王のもう一人の王子・扶余豊璋(ふよほうしょう)もやった方がいい」とYさんが助言しました。扶余豊璋は、倭国滞在中、百済本国が唐・新羅に滅ぼされたため、百済を復興すべく帰国したとされます。扶余豊璋の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。

「曇りが晴れた」と伴侶が伝えて来ました。「名前を出してくれてありがとうと伝えられた」とYさんが教えてくれました。次に、「土師氏(はじうじ)」が指名されました。土師氏は、天穂日命の末裔という野見宿禰(のみのすくね)が殉死者の代用品である埴輪を発明したとされます。

第11代天皇の垂仁天皇から「土師職(はじつかさ)」を、曾孫の身臣は仁徳天皇より改めて土師連姓を与えられたと言われています。土師氏の氏祖・野見宿禰を意図して光を降ろしました。「重たかったけど昇って行った」とYさんが伝えて来ました。次に、「高麗若光(こまのじゃっこう)」が指名されました。

高麗若光は、高麗王(こまのこにきし)を氏姓とする奈良時代の豪族です。高句麗王族と見られるが出自不詳だといいます。霊亀2年(716年)、武蔵国に東海道7ヶ国から1799人の高句麗人を移住させ、高麗郡を設置していますが、若光もその一員として移住したものと推定されています。

高麗若光の御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「名前をあげてくれてありがとうと言っている」とYさんが伝えて来ました。次に、「物部氏(もののべうじ)」が指名されました。物部氏は、神武天皇よりも前に大和入りをした饒速日命(にぎはやひのみこと)が祖先と伝わる神別氏族です。

物部氏は、大和国山辺郡、河内国渋川郡あたりを本拠地としていたといいます。元々は兵器の製造・管理を主に管掌していましたが、しだいに大伴氏と並ぶ有力軍事氏族へと成長していきました。5世紀代の皇位継承争いにおいて軍事的な活躍を見せ、雄略朝には最高執政官を輩出するようになったとされます。

物部氏の氏祖は、物部十千根(もののべのとおちね)とされますが、Yさんが物部氏の代表として指名したのは、物部尾輿(もののべおこし)でした。ウィキペディアには、物部尾輿の絵が載っていました。座って左手の指を1本立てた印を組む所作をしている姿でした。

「物部尾輿は陰陽師だ」と私は直感しました。呪術を用いて、光の存在を封印していたと感じます。物部尾輿の絵をYさんと伴侶に見せると、「怒りが込みあげてくる」と伴侶が言いました。「この人が大国主命をはじめとする縄文の神々を封じた」と彼女が伝えて来ました。

伴侶は、昔の出来事を思い出していました。物部尾輿は、渡来人の中でも黒幕的な存在だと思います。Yさんが、物部氏の代表として物部尾輿を指名したことは、物部尾輿が闇のエネルギーで、縄文時代の光の存在を封印したことを魂の奥底で分かっていた感じがします。

私は、物部尾輿の御魂が光に還るよう意図して光を降ろしました。「光に還って行った」と伴侶が教えてくれました。会場のお昼のチャイムが鳴り、終了の合図でした。午前の光の講座の中で、13人の渡来人の氏名を意図して御魂を光に誘ったエネルギーワークは無事に終わりました。

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posted by 地球の子 at 11:31| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする