2017年03月28日

奈良 三輪逆 〜巡礼の旅(366)〜

「渡来人の有力氏族の始祖に光を降ろし、氏祖の御魂を光に誘った。日本の光を封じていた闇の蓋が外れることを意味する。闇の役割の渡来人が日本を封印したのは、日本が統合の光になるため。日本から闇の時代が終わり、対立や戦いのない平和な光の時代が始まる。」

藤原鎌足の御魂を光に誘った翌日、右手の薬指に軽い痛みを覚えました。右手の薬指は、日本列島でいう房総半島の先にある館山の地を意味します。館山の地は、関東の玄関口にあたります。渡来人の忌部氏が四国から船で太平洋岸を移動して、房総半島の館山に着いたのです。

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伊豆半島や大島をはじめとする伊豆諸島、三浦半島の葉山の地も阿波忌部氏によって封じられたと感じています。阿波忌部氏は、各地に神社を作って、その地を封印して行きました。館山市の安房神社と横須賀市の安房口神社は、東京湾を封じるための対の神社であることが分かっています。

忌部氏についてネットで調べると、忌部氏の始祖・天太玉命(あめのふとだまのみこと)の孫である天富命(あめのとみのみこと)を解除する必要があると感じました。天富命は、神武天皇の命令を受けて、肥沃な土地を求めて、最初は阿波国(徳島県)に上陸し、そこに麻や穀を植えて開拓を進めたといいます。

その後、天富命一行は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮に乗り、房総半島南端に上陸して、ここにも麻や穀を植えたとされます。天富命が引き連れた忌部氏は、上陸した土地を拓くのではなく、実質的には光の土地を封じて行ったのです。

天富命に光を降ろしました。「昇天して行きました」と伴侶が伝えて来ました。忌部氏の氏神である天太玉命神社が気になりました。天太玉命神社は、奈良県橿原市忌部町にある神社で、祭神は、天太玉命、大宮売命(おおみやのめのみこと)、豊石窓命(とよいわまどのみこと)、櫛石窓命(くしいわまどのみこと)といいます。

航空写真地図を見て、天太玉命神社に光を降ろしました。「地面から光が出て来た」と伴侶が教えてくれました。さらに、忌部氏の系図を意図して、光を降ろしました。「光は入りました」と伴侶が伝えて来ました。忌部氏の解除を終えて、安曇氏の始祖・綿津見命(わだつみのみこと)に移りました。

安曇氏は、古代日本を代表する海人族として知られる有力氏族で、発祥地は筑前国糟屋郡阿曇郷(現在の福岡市東部)とされます。安曇氏は、川を遡って、長野県の奥穂高岳山頂の穂高神社・嶺宮に始祖を祀っています。これは、日本にとって重要であるアルプスの山々を封印するためでした。

綿津見命を意図して光を降ろしました。「光が入った。海の神様を封じてすり替えた。どこかの神社から海の神様が出てくるかもしれない」と伴侶が伝えて来ました。本来、存在していた海の神を封印して、架空の神にすり替えたようでした。神話に出てくる神の殆どがこのケースだと感じます。

次に、賀茂氏(かもうじ)の始祖・賀茂建角命(かもたけつのみのみこと)に移りました。賀茂氏は、八咫烏に化身して神武天皇を導いたとされる賀茂建角身命を始祖とする天神系氏族です。代々賀茂神社に奉斎し、山城国葛野郡、愛宕郡を支配し、子孫は上賀茂・下鴨の両神社の祠官家となりました。

賀茂建角命を意図して光を降ろしました。「光は入りました」と伴侶が伝えて来ました。次に、海部氏(あまべうじ)の始祖とされる天火明命(あめのほあかりのみこと)に移りました。海部氏は、天火明命を始祖とする籠(この)神社の宮司家であり、若狭湾の航海権を統率する海人族の首長であったとされます。

天火明命を意図して光を降ろしました。「いいと思います」と伴侶が伝えて来ました。海部氏について調べていくと、「海部氏系図」がありました。海部氏系図は、京都府宮津市の籠神社の社家・海部氏に伝わる系図です。古代の氏族制度や祭祀制度の変遷についての貴重な文献として国宝に指定されています。

画像を見て海部氏系図に光を降ろしました。「光が入りました。金と銀の龍神が入って行った」と伴侶が伝えて来ました。金龍と銀龍が海部氏の闇を浄化してくれたのです。これまでサポートしてくれていた太陽と月の龍神ではなく、これからは金龍と銀龍と呼ぶようにということでした。

太陽の龍神の本体である饒速日命(ニギハヤヒ)と月の龍神の本体である瀬織津姫(セオリツヒメ)が湯殿山と早池峰山から解放されたからでした。次に、大神氏(おおみわうじ)の氏祖・大田田根子(おおたたねこ)に移りました。大神氏は、大神神社を祀る大和国磯城地方の氏族です。

大神氏の中から、三輪逆(みわのさかう)を選び、始祖・大田田根子と三輪逆の順に光を降ろしました。「いいと思います」と伴侶が伝えて来ました。三輪逆を意図して光を降ろした時、私は「三輪山」が気になりました。すると、「三輪山に光を降ろした方がいい」と伴侶が教えてくれました。

三輪山は、縄文時代または弥生時代から、原始信仰(自然物崇拝)の対象であったとされている山です。大神神社は、三輪山を封じるために作られたと感じます。これまで、巡礼の旅や遠隔で三輪山に幾度となく光を降ろして来ましたが、三輪山が開いた証は得られていませんでした。

「このタイミングで三輪山が開くのかもしれない」と感じました。航空写真地図を見て、三輪山に光を降ろしました。「金色の光が出た。猪のエネルギー体が出てきて、天に向かって遠吠えをしている」と伴侶が伝えて来ました。遠吠えしている猪のエネルギー体は、古代の森の神だといいます。

ようやく三輪山が開かれました。本来、奈良の地は、光であるが故に、最初に闇の柱が降ろされました。三輪山が開かれて光が広がって行くことになるでしょう。渡来人の有力氏族の始祖に光を降ろして、氏祖の御魂を光に誘いました。日本にとっての大きな闇の解除の一つになります。

日本の光を封じていた闇の蓋が外れることを意味します。しかし、これで全ての渡来人の闇の解除が終わったわけではありません。実際に、つい先日、沢山の渡来人が入院している病院の夢を見ました。まだ、多くの渡来人の御魂が光に還ることを待っていると感じます。

闇の役割の渡来人が日本を封印したのは、日本が統合の光になるためです。日本が、対立や戦いのない平和な光の時代を導くことになります。日本の土地が開くことで日本の人々が本質に目覚めて行きます。日本の統合の光が地球全体に広がり、新しい世界の到来が始まろうとしています。

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posted by 地球の子 at 23:12| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする