北九州へ向かう飛行機の中で姿を現した、闇の存在「テントちゃん」の居場所を突き止めるために、北九州の宿泊先で水銀について調べて行きました。水銀は常温で液体、各種の金属と混和するという独特の性質を有している故に、用途が広まったと分かって来ました。

ウィキペディアで水銀を調べてみました。水銀(merucury)は原子番号80の元素で、元素記号は Hgです。常温、常圧で凝固しない唯一の金属元素で、銀のような白い光沢を放つことからこの名がついています。古来の日本語(大和言葉)では「みづかね」と呼び、漢字では古来「汞」の字をあてます。
硫化物である辰砂 (HgS) 及び単体である自然水銀 (Hg) として主に産出します。水銀の化合物は、単体の水銀よりもはるかに高い毒性を持つことが知られ、水銀を含む有機化合物では特に顕著です。例えば、ジメチル水銀は千分の1ミリリットルの量でも死に至る神経毒だといいます。
インターネットで、その他の水銀に関する情報を収集して行きました。麻の名を冠した日本の地名と水銀の産出地の関係、神社の鳥居が朱色と水銀、辰砂と丹、金属と水銀との合金・アマルガム、辰砂・丹砂採掘に携わった丹生氏、丹生氏一族が奉じた丹生都比売神、を以下に整理してみました。
(1)麻の名を冠した日本の地名と水銀の産出地の関係(引用:麻の名を冠した日本の地名)
「「麻」のつく地名は、そこが大麻の産地、 あるいは大麻を材料とした産業に従事していた地域である。また一部では、これらの地域と金属(鉄、銅、水銀など) との関連も指摘されている」と記述されていました。全国には、麻生区上麻生、西麻布、麻生などの地名があり、それが水銀などの金属の産出地と関連しているといいます。闇の役割の水銀が精霊を封じて、光の役割の麻を封印して来たことのヒントになると感じます。
(2)神社の鳥居の朱色と水銀(引用:大野湊神社)
「朱の原材料は水銀=丹です。これは昔から木材の防腐剤として使われてきました」という記述がありました。渡来人によって、神社が置かれ、鳥居を作ることで、朱色の水銀を広めていく意図があったと思います。何故、朱色なのかは水銀の鉱石である辰砂が赤色だからなのでしょう。特に稲荷神社というエゴの闇で封印することになる神社の朱色は、赤の闇を意味していると感じます。
(3)辰砂(しんしゃ)と丹(引用:ウィキペディア「水銀」)
辰砂は硫化水銀(II)(HgS)からなる鉱物で、別名に賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂などがあります。日本では古来「丹(に)」と呼ばれて、水銀の重要な鉱石鉱物です。古代、辰砂などの水銀化合物は、その特性や外見から不死の薬として珍重されてきました。特に中国の皇帝に愛用されており、練丹術では、不老不死の薬、「仙丹」の原料と信じられていました。
それが日本に伝わり飛鳥時代の女帝・持統天皇も若さと美しさを保つために飲んでいたとされます。しかし、現代から見ればまさに毒を飲んでいるに等しく、始皇帝を始め多くの権力者が中毒で命を落としたといわれています。中世以降、水銀は毒として認知されるようになったといいます。
(4)金属と水銀との合金・アマルガム(引用:越智社長のおちゃめ日記)
水銀と他の金属との合金のことをアマルガムと呼びますが、水銀と金との合金であるアマルガムは、上記の金の採掘ばかりでなく、精錬、金メッキに用いられることが多く、東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)の金メッキは金アマルガムを大仏に塗った後、加熱して水銀を蒸発させることにより行われたと言われています。仏像や仏具の金メッキには水銀のアマルガムが用いられていたのです。
現在でも、この水銀を含むアマルガムは身近な所にあります。歯科治療に用いられており、多くの人の歯には、水銀のアマルガムがあるかもしれません。最近、私は興味深いことに気づきました。蜂蜜を食べると治療した歯に軽度な痛みやしみる感じがあるのです。究極の光の食べ物である蜂蜜と究極の闇の物質の水銀が何か関係していると感じています。
(5)辰砂・丹砂採掘に携わった丹生氏(引用:にっぽん文明研究所)
「古代から辰砂・丹砂採掘に携わっていた氏族。丹生氏一族が奉じ、丹砂の神であり氏神とも思われるのが丹生都比売神」と記されています。丹生氏とは、水銀の研究開発の実務を担っていた渡来人の氏族だと感じます。水銀を精製したり、水銀の使い道を見出したりする仕事をしていました。水銀の専属の丹生氏と神社を作って土地を封印していった忌部氏などの渡来人と連携していたと感じます。
(6)丹生氏一族が奉じた丹生都比売神(にうつひめ)と丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)(参考:丹生都比売神社)
丹生都比売神は、「丹」すなわち朱砂(辰砂:朱色の硫化水銀)の採掘に携わる丹生氏一族によって祀られたといいます。丹生都比売神社は、高野山の麓である和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野にある神社です。弘法大師・空海は、丹生都比売大神よりご神領である高野山を借受け、山上大伽藍に大神の御社を建て守護神として祀り、真言密教の総本山高野山を開いたとされます。
(7)中央構造線と水銀と空海(引用:るいネット)
「空海が水銀鉱山と関係があるという伝承は少なくない」「四国の霊場めぐりの路に沿って鉱山があって、特に銅と水銀の鉱床が分布している」「高野山の下には水銀の鉱脈があり、それを譲る丹生明神は別名を狩場明神といい、狩場は鉱山を指すものだと言われている」という記述があります。弘法大師は、水銀鉱脈を探し当てることをしていたのでしょう。水銀鉱山がある場所を特定して、水銀を掘りだして、精霊の光を封印するためだったと感じます。
上記のように整理していくと、ポイントが分かって来ました。水銀の闇の存在・「テントちゃん」の居場所は、「丹生氏」「丹生都比売神社」「高野山」のキーワードに絞られて来ました。いよいよ、水銀に関わるポイントに実際に光を降ろして解除していくことにしました。
【関連記事】
○和歌山 高野山奥の院 〜巡礼の旅(134)〜
○伊豆 修禅寺奥之院 〜巡礼の旅(351)〜
○福岡 太宰府天満宮 〜巡礼の旅(177)〜