2017年6月14日(水)から3日間、奈良巡礼の旅を行いました。今回の主なポイントとしては、法隆寺、東大寺、室生寺の3つがありました。これまでの流れと同様に、奈良においてもアークの拠点の解除とシリウスの森の癒しのために光を降ろす目的の巡礼の旅となりました。

過去、奈良の巡礼の旅は、2014年9月と2015年1月の2回、行っていました。興福寺、春日大社、談山神社、大神神社、天河神社、玉置神社、飛鳥寺、唐招提寺などを訪問して光を降ろして来ました。ヤマト王権の都が置かれた奈良の地は、重要な光の場所であるが故に、大きな闇で封印された地でした。
纏向(まきむく)、明日香、吉野の3箇所に闇の柱が降ろされて、光が封じられたことが分かっていました。本来の光の姿を取戻すために、奈良の地の封印を解いて行く必要がありました。奈良巡礼の旅の1日目、メインは法隆寺で、予想だにしない思いがけない出来事が起こりました。
私は法隆寺とは不思議と縁がありました。サラリーマン時代、年に数回は法隆寺の近くの取引会社 を訪問しており、年に1〜2度は法隆寺を訪れていたのです。これまでの光のワークでの経験と感覚から、修学旅行などで多くの人が集まる法隆寺には、アークの円盤がいる可能性が高いと感じていました。
当日、近鉄奈良駅からレンタカーで法隆寺に向かいました。当初は、東大寺に行く計画でしたが、何故か、ナビの不具合もあり、法隆寺が一番先になりました。法隆寺の近くの駐車場に車を停めて法隆寺の境内に向かいました。西院伽藍の拝観前に、トイレに行くと伽藍の左手奥にある西円堂が気になりました。
西円堂に歩いて移動していると、「何か鳳ちゃんがいる」と伴侶が伝えてきました。鳳凰が上空にいるというのです。どうりで、普通の太陽光ではなく、眩しい白い光が降り注いでいる感じ がしました。この時は、光のワークのサポートのために来てくれた居るのだろうと思っていました。
どこから来たのだろうとつぶやくと、「西から来た」と伴侶を通じて鳳凰が伝えてくれました。過去に解除した、金鳥山(神戸市)から解放された鳳凰なのかもしれないと思いました。西円堂の石段の所にお不動さんなどの石仏のエネルギー体がいたので、光を降ろすのでついてくるように伝えました。
西円堂は、八角造りの円堂で、行基菩薩が建立したと伝えられています。西円堂の中には多くの仏像があり、中央には本尊薬師如来座像が安置されていました。西円堂の中の仏像たちにも光に還るよう伝えて、光を降ろしました。「鳳凰たちが解放されている」と伴侶が伝えて来ました。
「上空に いる鳳凰は、仏像に封じられていた鳳凰一族を受けとめるために来ている。鳳凰の1体1体が仏像の1体1体に封印されていた」と伴侶が教えてくれました。解放された鳳凰たちを上の大きな鳳凰が羽をばたつかせて受け止めているというのです。鳳凰が仏像に封印されているとは思ってもいませんでした。
鳳凰は土地の光を強める働きがあります。龍は雨を降らせたり、風を吹かせることで土地の浄化します。土地に留まっている闇のエネルギーを一掃するのです。さらに鳳凰が浄化された土地に強い光を放っていくのです。龍と鳳凰はセットで土地を闇から光に変えていく役割を果たしていると感じます。
「柵の向こうの緑が気になる」と伴侶が言うので、意図して光を降ろしました。「いいと思います。 向こうが大事」と伴侶が伝えて来ました。「よく気がついたね」と鳳凰から伝えられたといいます。後で調べてみると法隆寺の左手奥には松尾山(315m)があり、法隆寺の奥の院と呼ばれる松尾寺がありました。
松尾寺は大事な松尾山を封じる役割をしていました。後日、松尾寺と松尾山を解除する必要があると感じました。法隆寺の開基は、聖徳太子とされますが、聖徳太子自体が架空の人物であることが分かっていました。ヒプノセラピーの中で、「聖徳太子という英雄をつくって広めた」と伝えられています。
聖徳太子は、一度に10人以上の人の話を聴いて理解することができるという才能を持っているとされます。太陽神と同様に、「高い所に崇めるものを置く」という人々を従わせるための闇の叡 智を用いています。民を支配して従えるために、聖徳太子という崇めるためのスーパーマンをつくったのです。
同時に、真実を封印して闇を深くして行ったのです。法隆寺の「法」は、聖徳太子が作ったとされる「十七条憲法」の「法」だと感じます。「法隆」とは、法が興隆するという「国による統治」、さらには、「国家の支配」を意味しています。ある意味、名前に真実のヒントを残していると思います。
「法隆寺」の名前は、時が来れば封印された鳳凰が解放され、「鳳凰が興隆する」という真実の暗示を残しながら、国家という支配を構築するために「法を興隆する」という意図で名づけられたと感じます。私たちは、西円堂の解除を終えて、五重塔、金堂、大講堂のある西院伽藍に移動しました。
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