2018年02月27日

奈良 東大寺の解除 〜巡礼の旅(429)〜

「知足院に光を降ろすとアークの筒型の円盤が撤退して行った。正倉院に外から光を降ろすと、闇のノウハウを伝える資料が集められていると分かった。東大寺は、奈良の大仏に集まる大勢の人のエゴの闇で、光の場所である春日山原始林を封印する役割だった。」

奈良巡礼の旅の1日目、法隆寺の解除後、薬師寺に移動しました。薬師寺は、奈良県奈良市西ノ京町にある寺院で法相宗の大本山です。南都七大寺のひとつに数えられ、本尊は国宝に指定される薬師三尊です。薬師寺の開基(創始者)は天武天皇、道昭、義淵とされます。

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薬師寺は、1998年に「古都奈良の文化財」の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されています。現地には閉門前の16時前に到着しました。閉門前だったので、境内を拝観せずに境内の外から光を降ろすことにしました。駐車場から薬師寺の白鵬伽藍への移動途中で気になる場所がありました。

通りの右手にあった孫太郎稲荷神社です。「ここが大事。それと稲荷神社の後ろの竹藪に何かある」と伴侶が言いました。竹藪は進入禁止になっていました。普通の竹藪ではなく、何か古墳のような感じでした。孫太郎稲荷神社の拝殿の前で、この地を開きに来た旨の宣言をしました。

そして、後ろの竹藪に光を降ろしました。「神様が出てきた。お腹の出た、いわゆる縄文の男神」と伴侶が伝えて来ました。古墳のような竹藪に、やはり光の存在が封印されていました。次に、薬師寺の白鵬伽藍の外から薬師三尊とその他の仏像を意図して光を降ろしました。

「大きな蛇が出てきて昇っていった。蛇の大元」と伴侶が教えてくれました。薬師は、病気や薬に繋がります。肉体を持つ人間にとって、病気や体調不良は、闇のエネルギーに起因するものです。蛇のエネルギー体は人の病気や体調不良という闇の経験のための役割を果たしてきたと感じます。

本来、光と闇は表裏一体ですが、それを分離することで、人は光を取って闇を排除するようになりました。これが分離の闇という赤の闇です。特に、西洋医療の領域では、悪性腫瘍を切除するなど、闇の排除の理論で構築されています。金儲けというビジネスに繋がる医療の闇の原点を感じます。

薬師寺を後にして1日目の日程は終わりました。宿泊先への帰り道、空には祝福を現すサインを感じました。オレンジ色の中に幾つもの鳳凰が舞っているような雲が浮かんでいました。2日目、午前8時半、宿から東大寺にタクシーで移動しました。東大寺は、奈良県で観光客が一番多い観光スポットです。

奈良巡礼の旅の計画段階で、講座の参加者の方や伴侶の口から出た「東大寺」のサインを受け取っていました。大勢の人が集まるのは、アークの円盤が居る場所だと感じていました。東大寺は、奈良県奈良市雑司町にある華厳宗大本山の寺院で、「奈良の大仏」としての盧舎那仏(るしゃなぶつ)が本尊です。

現地に着くと参道には外国人観光客、修学旅行生、鹿がたむろしていました。鹿せんべいを鹿にあげている人も多くいました。「鹿もぽっかりになっている」と伴侶が言いました。鹿も、人と同じように、魂が抜けて空っぽになっているというのです。野生動物も人間と同じように「崩壊」が現れていました。

奈良公園の鹿については、「前は山に帰っていたけど、最近は帰らないみたいだよ」とタクシーの運転手さんが教えてくれました。人間のエゴが野生の鹿を封印して闇にしてしまっていました。南大門を通って中門で拝観料を払って大仏殿に移動しました。修学旅行生でとても混雑していました。

この地を開きにした旨を宣言して、大仏の周りを拝観して行きました。蝶をあしらった仏具もあり、シリウスの象徴を真似て封じていると感じました。大仏殿の外で大仏を初めとした仏像のエネルギー体が光に還るよう意図して光を降ろしました。「偽神みたいな闇が昇って行った」と伴侶が伝えて来ました。

仏像に人が願い事をすると闇のエネルギー体ができ、その闇のエネルギー体が光に還ったのです。境内図を見ると「正倉院が気になる」と伴侶が言いました。正倉院は、校倉造(あぜくらづくり)の高床式倉庫で、聖武天皇・光明皇后ゆかりの品や天平時代の美術工芸品を収蔵していた建物とされます。

正倉院は、大仏殿のかなり後方にありました。歩いて向かっていると心地よい気の場所だと思いました。東大寺は春日山原生林の麓にありました。途中、リュックを背負った中年の男性に追い越されました。しばらく行くと城跡のような場所があり、その男性が座っていました。

男性が気になって光を降ろすと、「シリウスの遣い」と伴侶が教えてくれました。「何か大事な場所への道案内をしてくれたのかもしれない」と思いました。私たちは、案内板もなく、正倉院の場所が分からず迷ってしまいました。すると、道の右手の寂れた寺院の石段が目に入りました。

石段を登って行くと門に「知足院」と記されていました。全く人気のない場所です。境内に入ると御堂の右手奥に古い石仏が数体置かれていて、間違いなく上方の春日山原始林を封じている感じでした。「春日山原始林は、シリウスの森」と伴侶が伝えて来ました。宣言をして光を降ろしました。

「ここにアークの円盤がいるので意図して」と伴侶が言って来ました。再度、アークの円盤を意図して光を降ろすと「筒型の円盤が出て来た」と伴侶が教えてくれました。春日山原始林にも光を降ろしました。リュックの男性は、ここに案内するための人だったと確信しました。

正倉院は知足寺の道を挟んで反対側にありました。槍の鉄柵で頑丈に囲まれて人が入れないよう厳重になっていました。柵の外から正倉院を意図して光を降ろすと、「闇のノウハウを伝える資料が集められている」と伴侶が言いました。「闇の上塗り」などの闇の叡智が伝えられて来たと感じました。

帰り道は、春日山原始林からの光が流れて来て気持ち良い感じでした。ご婦人が石に腰かけて佇んでいて、癒される場所を知っているようでした。葉っぱを食べていた鹿がいたので、「もう故郷の山が開いたので山に帰ってね。みんなにも伝えて連れて行ってあげて」と話しました。

その鹿は、時々、頷いて分かってくれたような感じでした。「鹿もシリウスから来たみたい」と伴侶が教えてくれました。地図を見ると、春日山原始林の麓には、東大寺をはじめ、興福寺、春日大社など多くの神社や寺院が配置されています。光の場所である春日山原始林を封印するためです。

今、振り返ると不思議なことでした。2011年から2012年までの約1年間、奈良でセッションを行うために東大寺の近くに家を借りていたのです。東大寺から北側に3km程の場所でした。いつか時が来たら、東大寺を開いて、春日山原始林を本来の姿にするために必要だったのだと感じます。

シリウスは、地球を創る上で、光と闇が表裏一体の役割をして来ました。その光と闇を分離して、分離の闇というエゴを広げていったのがアークでした。赤の闇であるアークが、青の闇のシリウスを封印して来た構図になっています。春日山原始林が本来の姿になり、光が広がって行くことを願っています。

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posted by 地球の子 at 22:06| 奈良県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする