奈良巡礼の旅2日目、11月17日(金)午前9時頃、近鉄奈良駅前のレンタカー店で車を借りて、大神神社に向かいました。大神神社は、奈良県桜井市三輪にある神社で、主祭神は大物主大神です。大神神社には、2014年9月に巡礼の旅で訪れており、今回は4回目の訪問でした。

大神神社訪問の目的は、インド神話に起源を持つ蛇神「ナーガ」によって封じられている三輪山の封印解除です。三輪山は、精霊の故郷であり自然とつながる重要な光の場所です。光の拠点である三輪山は、裏インドの神・ナーガを置くことで大きな闇で封じられていると感じていました。
11月初旬、クライアントの方を通じて、裏インドの中心であるカーリーの本体を光に統合しました。11月の神戸の光の講座では、裏インドの神々である「ダキニ」と「ナーガ」に深い縁のある方々が参加者だと分かりました。その際、光を降ろして遣いである蛇のエネルギー体が統合して行ったのです。
このような裏インドに関わる流れと、大神神社に残る蛇神信仰から、三輪山はナーガによって封印されていると確信していました。大神神社に到着後、参道を進み、拝殿前で挨拶して、境内の巳の神杉(みのかみすぎ)に移動しました。大物主大神の化身の白蛇が棲むことから名付けられたご神木といいます。
蛇の好物の卵が参拝者によってお供えされていました。三輪山がナーガに封印されているヒントの証だと感じました。巳の神杉に光を降ろしましたが、特に変化はありませんでした。次に、境内図から拝殿奥の三ッ鳥居が気になり、移動しました。一般に開放されてないので、遠隔で光を降ろしました。
参道を下って行くと天皇社の案内板があり、小高い丘の上に祀られている境内社でした。三輪山の麓に都をおいた第十代の崇神(すじん)天皇をまつる神社といいます。初めて訪れる場所であり、階段を登ると重要な場所だと感じました。丘の上には、整えられた白砂の奥に社殿がありました。
開かれるよう意図して光を降ろすと、「光の柱が立った」と伴侶が伝えて来ました。三輪山が開かれる狼煙としての光の柱が立ったと感じました。天皇社の丘を降りると、「平等寺」の案内板が目に入りました。平等寺は、今まで訪れたことはなく、今回の事前調査でも、ノーチェックでした。
「平等寺が三輪山を封印している核心だ」と感じました。ナーガは裏インドの神で仏教と深く繋がっているので、平等寺を解除する必要があると感じました。成願稲荷神社に光を降ろした後、徒歩で平等寺まで移動しました。大神神社から平等寺に足を運ぶ人は、殆どいない感じでした。
平等寺は、十一面観音を本尊とする曹洞宗の寺院で、三輪別所とも言われます。かつては、三輪明神(大神神社)の神宮寺であったといいます。神宮寺や別当寺は、神社を管理する寺院のことで、実質的に寺院が神社の上に置かれて来たと感します。裏インドの闇を神社に広げるために必要だったのです。
三輪山というと大神神社であり、平等寺は隠された所でした。境内に入ると、私たち以外に参拝客は1組しか居ませんでした。本堂の前で、「三輪山を開きに来ました」と挨拶した後、横を見ると三毛猫がいました。苦虫を潰したような顔をした特徴的な三毛猫に、伴侶は「闇の存在がいる」と伝えて来ました。
「お疲れ様でした」と伝えながら三毛猫に光を降ろしました。「ナーガの番人。昇って行った」と伴侶が教えてくれました。この三毛猫の「三」は闇の象徴であり、アークを意味していると感じました。その後、境内を散策して行きました。不動堂に光を降ろした後、二重塔釈迦堂に移動しました。
釈迦堂の中には、生身釈迦像、平等寺仏足石、仏舎利が祀られているといいます。二重塔の周りには、生きている表情をした十六羅漢が置かれていました。「この人たちも番人」と伴侶が伝えて来ました。「どうぞ光にお還りください」と祈りながら、石仏のエネルギー体を意図して光を降ろしました。
「いいと思います」と伴侶が言いました。さらに二重塔釈迦堂全体に光を降ろすと、「地下深くに繋がっている」と伴侶が伝えて来ました。裏インドの地下と繋がっていると感じました。寺院にある五重塔や三十塔は、裏インドの大きな闇を供給する地下とつながる場所なのかもしれません。
最後に、三輪山を封じているナーガを意図して光を降ろしました。「長い蛇の形ではなく、プルプルの鮭の白子みたいな感じ。インドに帰ると伝えてきた。もしかしたらアークの円盤かもしれない」と伴侶が教えてくれました。三輪山を封印していたナーガは、弾力性のあるエネルギー体のようでした。
これまで三輪山には、幾度も光を降ろして来ました。今回、裏インドのナーガが解除されたことで、ようやく、自然と繋がる精霊の故郷である三輪山の地が開かれました。大きな光の地であるが故に、裏インドという大きな闇が必要だったのです。私たちは、平等寺を後にして、飛鳥寺に向かいました。
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