2022年07月23日

島根 先住民・出雲族の古代出雲国を征服した渡来人の徐福一族 〜巡礼の旅(678)〜

「渡来人の徐福一族は、王や副王である大国主命、事代主命、少彦名命を虐殺して先住民の古代出雲族の出雲国を征服した。徐福一族の子孫である物部氏は、諏訪湖周辺の出雲族も封じ制圧した。出雲族ゆかりの出雲と大和の地が癒されるように、縁ある神社に光を降ろしていった。」

出雲国や出雲族についてネットで調べていくと《古代出雲王朝ゆかりの地や神話を尋ねて》のサイトを見つけました。今までに見たことのない衝撃的な内容でした。最初の渡来人の徐福と大国主命の関係や出雲族とは何かがが分かってきました。

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「紀元前三世紀末、徐福は大勢の海童たちを引き連れて 最初島根県の太田市五十猛海岸に上陸し 和名を火明かり(ほあかり)と名乗ります。自分が出雲王国の王、つまり和国の王となるつもりでやってきた徐福は 当時の出雲王国の主王と副王を亡き者にします。」

「当時の出雲の 主王の八千矛(やちほこ:役職名は大名持で 記紀では大国主とか大黒とか大名持、大汝と書かれた)と副王の八重波津身 (やえなつみ:役職名は少彦で記紀では事代主とか少名彦名と書かれた)をホヒや海童たちに命じて誘拐幽閉して殺害しました。」

渡来人の徐福の和名である「火明かり」は、「天火明命(あめのほあかり)」という天孫族の神名をつけられました。大国主命と事代主命(ことしろぬしのみこと)や少彦名命(すくなひこのみこと)の神名とされる出雲王国の主王と副王を殺害したというのです。

このことは、2014年11月の島根巡礼の旅で「神魂神社(かもすじんじゃ)」を訪れた際の出来事によって裏付けられます。最初に、出雲の地に降りたと言われている天穂日命(あまつひほのみこと)が大国主命に対して許しを願っていました。

「存在自体が申し訳ない」と伝えてきて来たのです。私たちの巡礼の旅は、殆どの場合、大国主命が同行していました。同行していた大国主命に対して、神魂神社を創建したと伝えられる天穂日命が許しを請いました。ウィキペディアに「天孫族」について記されていました。

『天津彦根命(あまつひこねのみこと)、天穂日命、天道根命(あまのみちねのみこと)などの子孫と合わせて、天火明命の子孫を「天孫族」と称している』。先住民のコミュニティであった出雲王国は、渡来人の徐福一団に支配され征服されたのです。

この徐福一団の渡来人の襲撃と思われる出雲での出来事がヒプノセラピーセッション記事の《魂に刻まれた真実が蘇る》で伝えられています。古代出雲王朝のサイトでは、その後、先住民の出雲族と渡来人徐福の天孫族の子孫は、大和の地(奈良県)に移住しました。

大和入りした徐福の孫の天の村雲たち秦国からの渡来グループはヤマトで強大な勢力となります。出雲王族の2人は ともに天の村雲が初代大和大王になるのを助けて支持したといいます。また、古代出雲王朝のサイトによると、諏訪湖地方を開発したのも出雲族でした。

諏訪は、出雲王家の建御名方(たてみなかた)が開拓したといいます。これらのことから、大和に移住した渡来人徐福の天孫族と先住民の出雲族が、物部氏のルーツではないかと感じます。渡来人の配下の先住民の共同体が形成されたのだと思います。

物部氏のルーツを思われる渡来人徐福の天孫族と先住民の出雲族がいた出雲の地と移住した大和の地を含め、《古代出雲王朝ゆかりの地や神話を尋ねて》のサイトに掲載されていた神社の中の幾つかをピックアップしてワークを行うことにしました。

志都の岩屋洞窟(志都岩屋神社)は、島根県邑智郡邑南町(おおちぐんおおなんちょう)にある岩屋のある神社で、祭神は大国主命、少彦名命です。この岩屋で出雲王国の主王(大国主命)と副王(少彦名命)が渡来人の徐福によって殺害されたといいます。

現実的に殺めた人間を神にして祭り上げています。キリスト教でも同様なことが行われており、バチカンに反抗した人間を聖人として祭り上げているとヒプノセラピーでも伝えられています。祭り上げることは、一種の闇の英知であり、二重の封印になります。

志都の岩屋洞窟に光を降ろすと「いいです」と伴侶が伝えて来ました。葛木坐火雷神社(かつらぎにいますほのいかづちじんじゃ)は、奈良県葛城市笛吹(旧新庄町笛吹)にある神社で、主祭神は火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)と天香山命(あまのかぐやまのみこと)です。

徐福の子孫である天の村雲たちが建てたとされます。火雷大神は、雷神とも言われますが、ここでは火の神として信仰されています。火雷神と同神であり、火と雷とは製鉄法の踏鞴(たたら)のことだといいます。松果体収穫をして証拠の遺体を消すたたら製鉄につながります。

同和の闇の源流である目玉のエネルギー体を統合した、たたら製鉄の総本山とされるのが島根県広瀬町の金屋子神です。葛木坐火雷神社に光を降ろすと「光は入りました」と伝えられました。高鴨神社(たかかもじんじゃ)は、奈良県御所市鴨神の金剛山東山麓にある神社です。

主祭神は阿遅志貴高日子根命(あじすきたかねひこのみこと)です。京都府京都市の賀茂神社(上賀茂神社・下鴨神社)を始めとする全国のカモ(鴨・賀茂・加茂)神社の総本社です。
当地は鴨氏一族の発祥の地であり、その氏神として祀られたものです。

高鴨神社に光を降ろすと「いいです」と伝えられました。葛城一言主神社(かつらぎひとことぬしじんじゃ)は、葛城山東麓の奈良県御所市森脇にある神社で、主祭神は葛城之一言主大神(かつらぎのひとことぬしのおおかみ)です。

高天彦神社(たかまひこじんじゃ)は、金剛山東麓の奈良県御所市北窪にある神社で、高皇産霊神(たかみむすびのかみ)を主祭神とします。元々は社殿後背の白雲岳(白雲峰、標高694m)を神体山に祀った神社とされます。葛城一言主神社、白雲岳、高天彦神社に光を降ろしました。

「いいです。光は入りました。自分の体が癒されていく」と伴侶が伝えて来ました。私は渡来人系の過去世がありますが、伴侶は先住民の出雲族の過去世があります。先住民の出雲族に縁が深い伴侶にとって、渡来人に封じられた地に光が入ることが癒しになるようでした。

オオモノヌシと「玉」のエネルギーがどこにあるのかが分からずに思案していました。感覚的には、物部氏の本拠地である生駒山だと思いますが、人間の中に隠されているのかもしれません。ヒントを得るために、さらにネットで調べていくことにしました。

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posted by 地球の子 at 17:16| 島根県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする