軽い腰痛を感じていました。痛みの場所が中央やや左側でした。腰痛も歯痛と同じくらい辛い痛みです。自分のカルマの解消とワークの場所を教えるためのサインだと思いました。以前のぎっくり腰の時は下関市の彦島でしたので、今回もその周辺だと見ていました。

どこなのかを内観すると「宇部興産」「宗像大社」と感じました。同じ「興産」のつく出光興産のワークを行っており、創業者の出光佐三が宗像大社を崇敬していたことも知っていました。出光興産からの繋がりのような感じでした。まず、宇部興産のある宇部市から調べていきました。
宇部市は、山口県西部、周防灘(瀬戸内海)に面した市です。県内では下関市、山口市に次ぎ3番目となる約17万人の人口を誇ります。宇部市の前身である宇部村は、江戸時代まで厚狭郡南部の半島状地形の先端部にある一寒村でしたが、明治以降に宇部炭鉱での採炭が本格化したことで炭鉱都市として急速に発展しました。
山口県は、安倍晋三元首相の出身地であり、現在も政治的な影響力を保持していると思われるので、宇部市長に光を降ろす必要性を感じていました。宇部市長は篠ア圭二(しのざきけいじ)です。篠ア圭二(1981年-)は、山口県宇部市出身の政治家で、山口県宇部市長(1期)です。
山口県立宇部高等学校を経て、2003年広島大学経済学部卒業し、2005年広島大学大学院社会科学研究科を修了しました。 経営コンサルティング会社での勤務や、参議院議員林芳正の公設第一秘書などを務めた後、2014年山口県議会議員補欠選挙に自由民主党公認で無投票で当選します。
2015年、再選し、2019年、無投票で3選しました。現・宇部市長は林芳正外相の元秘書で、反安倍だと感じます。安倍元首相と林芳正外相は、山口県の同郷であり、長年のライバルです。2人を含め、今の国会議員の殆どが本人ではなく替え玉になっています。
山口県選挙区の参議院議員から山口3区の衆議院議員に鞍替えした林芳正外相は、宏池会会長の岸田文雄首相と共に、安倍晋三元首相の力を削いで追い詰めている構図に思えます。篠ア圭二宇部市長に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「軽い感じ」と伴侶が伝えて来ました。
宇部市の起源は、宇部炭鉱です。ウィキペディアには、『宇部炭鉱は、かつて山口県宇部市に存在した炭鉱群である。宇部市海岸からの沖合に伸びる海底炭田(宇部炭田)であり、かつては海底部分で落盤、海水が流入する死亡事故も発生している。江戸時代の文献から同地にて石炭が採掘されたことを示す記述が見られる。
また、瀬戸内の製塩用に細々と石炭の採掘が行われていたが、19世紀後半、山口藩による石炭局開設を機に採掘が本格化する。明治維新以降、炭鉱の管理は民間の手に移り、東見初炭鉱(ひがしみぞめたんこう)、沖ノ山炭鉱(おきのやまたんこう)、長生炭鉱(ちょうせいたんこう)などに中小の資本が多数参入し、開発が進められた。
しかし、太平洋戦争の期間を通じて買収や合併、事故などによる閉山が進んだ。宇部炭は品位があまり高くなかったこともあり、沖ノ山炭鉱を中心に匿名組合沖ノ山炭鉱組合を設立した渡辺祐策らは、採掘した石炭をセメント製造の燃料や、硫酸アンモニウム等の化学肥料の原料として利用した。
これが後に宇部の化学コンビナートへと発展することになる』と記されています。これまでのワークから、炭鉱を含めた鉱山では、石炭や金・銀・銅などの鉱物の採掘の裏で松取り(松果体収穫)が行われて来たことが分かっています。
沖ノ山炭鉱初代社長の渡辺祐策(実業家・衆議院議員:1864年-1934年)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「松取りに関係する名士」と伝えられました。宇部炭鉱で松取りの犠牲になって亡くなった人たちの魂を上げ必要がありました。
宇部炭鉱は幾つかの場所に分散しているので、山口県宇部市沖宇部の「宇部炭田発祥の地」に留まっている御魂が上がるよう光の柱を立てると「いいです」と伝えられました。ウィキペディアには、『宇部興産株式会社は日本の大手総合化学メーカー。
宇部地区の主要炭鉱であった沖ノ山炭鉱を起源とする複合企業体である。化学製品だけでなく、セメント、石炭等も供給している。社名にある「興産」には、「地域社会に有用な産業を次々に興す」という意味が込められている。
宇部共同義会の長老であった紀藤閑之介(第3・6代宇部市長、宇部時報創刊者)の案を俵田明が採用したものである。社名のとおり、同社は創業時より各々の事業だけでなく、教育機関や港湾、ダム、上水道の整備等を通して、地域の社会資本整備に大きな役割を果たしてきた。
旧三和銀行(現・三菱UFJ銀行)をメインバンクとする企業から構成される三水会とその後身社長会である水曜会およびみどり会の主要構成企業であり、かつては日立造船、帝人とともに三和御三家と呼ばれていた』と記載されています。
紀藤閑之介(第3・6代宇部市長、宇部時報創刊者:1869年-1961年)と俵田明(宇部興産創立者・初代社長:1884年-1958年)の御魂が上がるよう意図して光を降ろすと「松喰い」「松貴族」と伝えられました。やはり宇部興産の創業者も松に関係していました。
宇部興産の現社長・泉原雅人と東京都港区芝浦にある本社に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「松貴族の血を引継ぐ」「いいです」と伝えられました。出光興産創業者の出光佐三が崇敬していた宗像大社に着目しました。
福岡県宗像市にある宗像大社(むなかたたいしゃ)には、2013年12月に巡礼の旅で訪れて光を降ろしていました。《福岡 宗像大社 〜巡礼の旅(21)〜》には、宗像大社でのエネルギーワークの様子を綴っています。巡礼の旅」という現地を訪れて光を降ろす初期の頃のエネルギーワークです。
当時は、大国主命を伴って、太陽の龍神と月の龍神が浄化のサポートをしてくれていました。宗像大社の高宮祭場では多くの亡くなった人たちの魂が上がりました。また、光を降ろすと、日光の滝尾神社と宗像大社の第二宮がポータルで繋がったことが分かりました。
あれから10年が経ち、再び、宗像大社の遠隔ワークを行うことにしました。ウィキペディアには、『宗像大社は、日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社、および宗像三女神を祀る神社の総本社であり、「日本書紀」では、一書に曰くとして「道主貴」と称される。
玄界灘に浮かぶ沖ノ島を神域とし、沖ノ島で出土した古代祭祀の奉献品の多くは国宝に指定されている。裏伊勢とも称される。「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群の構成資産の一つとして2017年(平成29年)に世界文化遺産登録されている。
宗像大社は、沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮(総社)の三社の総称であるが、現在では「辺津宮」のみを指す場合も多い。辺津宮は宗像市田島に鎮座しており「田島さま」とも地元では呼ばれる。筑前大島には沖津宮遥拝所(瀛津宮)もある。
地図上で辺津宮から11km離れた中津宮、さらに49km離れた沖津宮は全て直線上にある。沖津宮のある海上交通の要所に位置する沖ノ島は、古来より島に立ち入り見聞きした事を口外してはならず「お不言さま(おいわずさま)」と呼ばれ、島全体が御神体である。
そのため現在でも女人禁制であり、男性であっても上陸前には禊を行なわなければならない。3社にそれぞれ以下の神を祀り、宗像三女神(宗像大神)と総称する。沖津宮:田心姫神(たごころひめ)、中津宮:湍津姫神(たぎつひめ) 辺津宮:市杵島姫神(いちきしまひめ)』と記されています。
ウィキペディアによれば、宗像大社は「裏伊勢」とも呼ばれること、「吉田神社が宗像大社を特別な神社」と見ていたことから、伊勢神宮や吉田神社以上の格式のある神社だと感じます。宗像大社宮司・葦津敬之に闇の解除・統合を意図して光を降ろすと「ユダヤ」と伝えられました。
これまでのワークで「ユダヤ」と伝えられたのは初めてでした。「藤原氏が支えるものがある」と伴侶がアドバイスして来ました。何か重要なものが宗像大社にある感じでした。次に宗像大社の三社に光を降ろしていきました。
宗像大社辺津宮(宗像市田島:祭神・市杵島姫神)の神が降臨したとされる「高宮祭場」に光を降ろすと「何もない」と伝えられました。辺津宮全体に光を降ろすと「いいです」と伝えられました。宗像大社中津宮(筑前大島:湍津姫神)のグーグルマップには湧き水の場所の画像がありました。
湧き水の場所に光を降ろすと「いいです」と伴侶が伝えて来ました。中津宮を含めた大島全体に光を降ろすと「亡くなった人たちが沢山いる」と伝えられました。昔の戦いで亡くなった人たちの魂が光に還るために光の柱を立てると「いいです」と伝えられました。
宗像大社沖津宮のある沖ノ島が立入禁止であり重要だと感じていました。グーグルマップには、沖ノ島の宗像大社にある巨大な磐座の画像がありました。巨大な磐座と社前全体に光を降ろすと「特別に発展している場所」と伴侶が伝えて来ました。
「タルタリア。島全体が発展している。秘密がある」と続けて言いました。「隠しているものがあるから島が立入禁止となっているのだと思う」いいます。沖ノ島全体に光を降ろすと「いいです」と伝えられました。「タルタリア」と伝えられた言葉は「タルタリア帝国」のことです。
《タルタリア帝国》によると『タルタリア帝国と言うのは、歴史から消された超大国の名前です。13世紀から19世紀初頭まで、タルタリア帝国と言う国が存在していました。その領土はユーラシア大陸の北側全体、シベリア、中央アジア全域、東は千島列島から満州、朝鮮半島まで、南はインドの一部、西はウラル山脈から小アジア半島までカバーしています。
タルタリア帝国はイギリスを中心とするDSヨーロッパと激しい戦闘を繰り広げ、1816年に大量の核兵器による攻撃で国民もろともこの世界から姿を消してしまったのだそうです。タルタリアではエーテルから電気を抽出する技術が確立されており、文明はフリーエネルギーで動いていました。
ふんだんな電気を無料で大量に使う事が出来たために電気技術が発達し、技術水準は現代文明をはるかに凌駕していたのだとか』と記載されています。沖ノ島には、タルタリア帝国のような高度文明の名残があり、ユダヤによって隠されて来たと感じます。
グーグルマップの沖ノ島の画像を観ると島の中央に岩山が聳えていることが分かります。個人的には、磐座という巨石の「岩」と「水」がキーポイントだと感じます。岩と水からフリーエネルギーを得ることが出来るのです。
これは《東新潟火力発電所に関係する日本軽金属と塩水とマグネシウムによる発電機の現実》にある塩水とマグネシウムによる発電にも通じると見ています。日本の多くの神社が「磐座」という巨石に注連縄を巻き、松取りの闇で封じて来たのはそのためです。
松取りの闇で湧水や水の場所が封じられて来たのも理解できます。《沖ノ島の祭祀遺跡の磐座はジオポリマーコンクリートで出来ている?!》には、驚く内容がありました。沖ノ島の祭祀遺跡の磐座は、自然石ではなく「ジオポリマーコンクリート」という作られた石だと言うのです。
自然の石の表面には苔が生えますが、沖ノ島の磐座には生えていないといいます。沖ノ島の磐座だけでなく、奈良県の橿原市、明日香村や岐阜県下呂市金山町の岩屋岩蔭遺跡の磐座も同じ可能性があるとようです。磐座は地球に光のネットワークを作るためのものだったと分かっています。
過去のヒプノセラピーの記事《「人の封印を解く秘密を守っている」》などに詳細を記しています。シリウスの叡智で磐座が作られ光の地球が創造されて来たと思います。磐座などの高度文明の技術をユダヤ勢力によって隠蔽されて来たと見ています。
それは、《日本の原発を警備するイスラエルのマグナBSPとアドレノクロムの闇》にある日本の原発を警備するイスラエルの警備会社・マグナBSPとも符合します。暗闇の世界を創造するために高度文明の光が封印されて来たのです。《日々平穏》には、沖ノ島の磐座の写真が掲載されています。
また、祭祀遺跡からの出土品である図形や文様が描かれた銅鏡などの画像もあります。感覚的には、カタカムナの図形や文字列による真実を隠すための闇のエネルギーを放つツールだと思います。沖ノ島の沖津宮での神事の動画も掲載されています。
それらは、沖ノ島の謎を紐解くための有効なヒントになると感じます。沖ノ島の秘密は、日本の光が幾重にも封印されて来た意味を示唆するものです。隠されて来た真実が明らかになる時が近いように思います。沖ノ島の地が本来の姿になることを願っています。
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