2023年12月13日

静岡 三島の浅間神社の境内に置かれた「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」 〜巡礼の旅(740)〜

「三島の浅間神社の境内には、ガルーダに乗るヴィシュヌ神像が置かれていた。ガルーダは、ヒンドゥー教の戦いの神で、鳥の王で人の身体に鳥の頭と翼を持つ。蛇のナーガと敵対するガルーダは、炎の様に光り輝き熱を発する神鳥。蛇は人と土地を封印する役割であり、ガルーダは火で人と土地を解放する役割を持つ。」

三島市立公園の楽寿園に隣接する浅間神社と芝岡神社について、後日、グーグルマップで詳細に調べていくと「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」のマークが目に留まりました。浅間神社を訪れた時は気がつきませんでしたが、グーグルマップの画像を観ると、境内の奥にヴィシュヌ神の石像が置かれていたのです。

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それも、唯のヴィシュヌ神像ではなく、「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」です。「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」でネット検索すると《ガルーダ&ヴィシュヌ神【H120cm】/ヒンドゥー教神話の神様像/バリ島木彫りの神様》がヒットしました。そこには、『背中に「ヴィシュヌ神」を載せたヒンドゥー教の戦いの神「ガルーダ」。ガルーダは、鳥の王で、人の身体に鳥の頭と翼をもちます。

インドネシアの国章にも描かれるヴィシュヌを載せて戦う、戦闘の神です。ヴィシュヌ神から不死を与えられ、また宿敵ナーガ(蛇族)を食らうことから、無病息災の神として人気があります。ヴィシュヌ神とは、世界を破壊するシヴァ、世界を創造するブラフマとともにヒンドゥー教の三大神と言われる世界を維持する役目の神です』と書かれていました。

引用サイトの「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」を見ると、ガルーダの翼と共に背後に炎のような装飾があります。感覚的には、火のエネルギーだと感じました。また、wikiによると、『ガルーダ(Garuda)は、インド神話に登場する神鳥、ガルダの別名。カルラ、あるいはスパルナとも。仏教では迦楼羅(かるら)あるいは金翅鳥(こんじちょう)と呼ばれ、仏を背負って三世、宇宙、世界を飛ぶ』とあります。

さらに、ガルダのwikiには、『ガルダは、インド神話に登場する炎の様に光り輝き熱を発する神鳥。ガルダはサンスクリットやヒンディー語による名称で、パーリ語ではガルラ(Garuḷa)、英語やインドネシア語などではガルーダという。カシュヤパとヴィナターの息子で、ヴィシュヌのヴァーハナ(神の乗り物)である。

その一族はインド神話において人々に恐れられる蛇・竜のたぐい(ナーガ族)と敵対関係にあり、それらを退治する聖鳥として崇拝されている。これは、インドにおいて猛禽類や孔雀は蛇を食べると解釈されていたことによる。単に鷲の姿で描かれたり、人間に翼が生えた姿で描かれたりもするが、基本的には人間の胴体と鷲の頭部・嘴・翼・爪を持つ、翼は赤く全身は黄金色に輝く巨大な鳥として描かれる。

ガルーダ・インドネシア航空の名はガルダに由来するインドネシアのフラッグキャリアであり、ロゴに巨大な鳥を形どっている』と記されています。ガルーダの敵が蛇のナーガです。蛇のエネルギー体は、土地や人を固めて動かないようにして封印する役割を持っています。蛇と敵対するガルーダは、炎の火として土地や人を解放する役割があると感じます。

wikiによると、ヴィシュヌ神とはヒンドゥー教の三神一体(トリムールティ)の1柱です。ヒンドゥー教の三神一体は、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの3柱であり、宇宙の創造、維持、破壊という3つの機能が3人組という形で神格化されたものであるといいます。一般的にはブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァがそれぞれ創造、維持、破壊/再生を担うとされます。

ヴィシュヌ神は、「維持」を担当しており、炎の火を司るガルーダに乗ることで縛られた人や土地を解放する意味を有していると感じます。いずれにしても、三島の浅間神社の境内に「ガルーダに乗るヴィシュヌ神像」が置かれていたことは、この浅間神社の場所に全てのものを本来の姿に戻すための重要なものがあるということを示唆していると捉えています。

それ故に、三島の浅間神社と境内社の芝岡神社に光を降ろすことは、闇を終わらせるための火のエネルギーが発動するためのスイッチの役割になっているとも感じます。人間のエゴで深い暗闇になった地球を炎の火で焼き尽くすことになるのです。それが封印されてきた火山が解放されてマグマが出ることであり、構造線や断層が動くことで光の火のエネルギーが放たれることになります。

楽寿園に隣接する浅間神社と境内社の芝岡神社のワークを終えて、次に、道路をはさんだ対面にある「白滝公園」に歩いて移動しました。白滝公園は、清涼な水が湧き出る湧水公園です。wikiには、「白滝公園」の情報はwikiに記載されています。『白滝公園は、静岡県三島市一番町1-1にある公園。面積は0.41ヘクタール。[歴史]1956年(昭和31年)10月15日に供用が開始された。

2006年(平成18年)には三島市によって、景観法に基づく景観重点整備地区「白滝公園・桜川地区」に指定された。[特徴]名称は湧水が白い滝のように流れていたことに因んでいるとされる。冬季は水位が低下するため湧水量が少ないが、夏季には富士山の豊富な雪解け水が湧き出し、流れは水辺の文学碑が並ぶ桜川に通じている。

これらにより、白滝公園は「水の都」と言われる三島市を象徴する場所であるとされる。毎年7月には白滝公園で水まつりが開催され、桜川では灯ろう流しも行われる。楽寿園周辺は湧水が豊かな場所であり、桜川以外にも御殿川や祓所川や源兵衛川や四ノ宮川が源を発している。なお、桜川の250メートル上流には菰池公園がある。

公園内には約1万年前の富士山の噴火で流れ出した三島溶岩流の上部層(表面部分)が見られる。溶岩は冷え固まっているためアッチッチとなることはないが、子供や高齢者が歩く際には転倒しないように注意を要する。[施設]・白瀧観音堂:もとは尼僧によって建てられた白滝寺。江戸時代の元禄年間に観音堂となったが、観音堂は明治初期に焼失した。

観音像は常林寺に移されたが、1950年(昭和25年)には現在地に新たに観音堂が建てられた。・富士の白雪の碑:1932年(昭和7年)に建立された石碑。民謡の農兵節の歌詞の一部が揮毫されている。「富士の白雪 朝日に溶て 三島女臈衆の化粧水」・小祠』。白滝公園内を散策しましたが、とてもきれいな水が流れていました。

水が湧き出る場所には、鍾乳洞のような地底があります。本来、地底は火のマグマが固まった岩から染み出した水が存在します。火と水は、元々は1つであり、光のエネルギーでした。水の湧き出る所には、火があるのです。三島の楽寿園の場所は、まさに、火と水が共存する重要な場所だと言えます。大事な光の場所を封印するために白滝寺がつくられ、その後の白瀧観音堂が置かれたのです。

昔からの神社や寺院では、密かに松取りが行われていました。権力者が食したり、内臓の塩漬けなどの松製品にするために子供や女性などをさらって松取りが行われていました。松取りの闇によって自然の精霊が闇に変えられます。本来、光と闇は表裏一体です。表が白色で裏が黒色のオセロの石を同じで別々の分かれたものではなく1つのものです。

松取りは、白だった光が黒の闇に反転させるプロセスなのです。闇に変えられた光の精霊は、魔物の姿になり闇の仕事をします。それ故に、水が湧き出る場所が深い闇になる仕組になっているのです。白滝公園内を一周した後、ワークを行いました。目を閉じて「この地が本来の姿になりますように」と祈りながら光を降ろした後、目を開けると明るくなっていました。

純粋な祈りを通じて光を降ろすことで、松取りによって闇に変えられた精霊を元の光の姿に戻すことができます。エゴを小さくして純粋に祈ることで誰にでも本当の光が降ろせるのです。時間を見ると9時を過ぎていました。9:30に始まるガイド付きツアーに間に合うように楽寿園の中にある旧小松宮別邸の楽寿館に徒歩で向かいました。

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posted by 地球の子 at 22:03| 静岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする