2015年05月10日

伊豆 石室神社 〜巡礼の旅(205)〜

夷子島(えびす)遺跡のある恵比須(えびす)神社にて光の柱を降ろし、レムリアのピラミッドの目が開いて守り手の白い人たちが昇天し、石室(いろう)神社にて光を降ろして、地球の海の女神と沢山の龍神たちが解放された、伊豆巡礼の旅

1月27日(火)、午前8時半頃、下田のホテルを車で出発して、恵比須島に向かいました。約15分、車で移動して、現地の近くの駐車場に着きました。恵比須島は、静岡県下田市須崎の相模灘にある島で、古くは夷子島などとも記され、夷子島遺跡がある場所です。夷子島遺跡は、海の神に祈りを捧げた祭祀場だったと推測されています。

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夷子島からは7〜8世紀頃の須恵器や祭祀用の滑石製の臼玉、手捏(てづくね)土器が多数発見されたそうです。島は小判形をした最長で約170mの無人島で、陸とは人道橋で結ばれています。車から降り歩いて橋を渡って、島の中央にある恵比須神社に移動しました。5分程歩いて、小さな社殿の恵比須神社に着きました。

社殿の近くには、夷子島遺跡の案内板がありました。「祭祀遺跡が発見された土層から焚火の跡が三箇所も認められており、古代の人はこの夷子島に集まって火を焚きながら、海の彼方の神々を畏敬の念をもって祀ったものと推定されている」と記されていました。恵比須島も、レムリアの火の女神に祈りを捧げる場だったと感じました。

社殿に解除の宣言をして、島全体に光の柱を降ろしました。「大室山、白浜神社と同じ守り手の小人の人たちが昇って行った。ピラミッドの目が開いた」と伴侶が伝えて来ました。恵比須島も、大室山や白浜神社の火達山と同じ、レムリア時代につくられたピラミッドのようでした。ピラミッドの大部分が海底に沈んでいる状態でした。

「3つのピラミッドが開いたと誰かが伝えて来た」と伴侶が教えてくれました。ピラミッドが開き、レムリアのエネルギーが解放されることで伊豆半島の地が変わって行くと感じます。恵比寿島を後にして、私たちは石室神社に向かいました。30分程、車で走って、現地の駐車場に着きました。車から降り、遊歩道を20分程あるいて、石室神社に到着しました。

石室神社は、伊豆半島の最南端に位置する石廊崎の突端付近の静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎にある神社で、祭神は伊波例命(いわれのみこと)といいます。遊歩道を歩いていると、南国ハワイにいるような感覚になりました。石室神社の社殿は、帆柱を枕にした断崖絶壁の上に建っていました。

社殿の前で、解除の宣言して、岬の突端にある熊野神社に移動しました。伊豆半島最南端の絶景ポイントでした。「この地を開きに来ました」と宣言して、石室神社と石廊崎全体に光の柱を降ろしました。次に、伊豆半島全体に光を降ろして、海岸線にも光を流しました。最後に伊豆七島に向かってレムリアに関係する島々と海全体に光を降ろしました。

「海の水面下に大きな女神様が出て来た」と伴侶が驚いた顔で伝えて来ました。女神は仰向けになって浮いているといいます。海の女神だと感じました。レムリアというよりも地球の海の女神のようでした。「黒龍も解放されて、伊豆半島のあちこちから沢山の龍神が出て来た」と伴侶が教えてくれました。

「大国主さんが伊豆七島の島で大きくなって、本土の方を向いている」と彼女が伝えて来ました。いつの間にか、大国主命が来ていました。伊豆半島の最南端の石廊崎は重要な場所でした。重要な光のポイント故に、神社をつくって封じていたのです。石室神社での解除を終えて、私たちは松崎町にある伊那下神社に向かいました。

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posted by 地球の子 at 14:50| 静岡県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする