2019年04月02日

京都 神事という火を闇にする生贄の仕組(2) 〜巡礼の旅(484)〜

「上賀茂神社に火があり、下鴨神社に鳳凰が封じられていた。重要な水の場所の京都を封じる仕組だった。湯立神事も生贄の名残だと感じる。生贄の儀式を祭り上げて神事にすることで、闇を光に見せかける。闇を神格化することで、人々を支配することにもなる。」

南房総市の賀茂神社に、闇の解除・統合のために遠隔で光を降ろしました。最初は、闇の役割の「火」を意図して光を降ろして、次に、生贄になった子供たちの御魂が上がるよう意図して光を降ろしました。「いいと思います。還っているようです」と伴侶が伝えてくれました。

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賀茂神社の次に、房総半島の「火」と「水」に関連する場所にピックアップしていた、白浜鍾乳洞と野島崎公園に移りました。白浜鍾乳洞は、千葉県南房総市白浜町にある鍾乳洞です。白浜鍾乳洞のすぐ横には「涼源寺の滝」もあり、水の場所だと感じました。洞穴の奥には、不動明王像が祀られているそうです。

また、乳の神として効があるといわれて信仰されているといいます。不動明王は、炎に覆われている「火」の象徴であり、「水」の場所に「火」を置いて封じている形です。画像を観て白浜鍾乳洞に光を降ろすと、「光は入ったけど、特に変化はない」と伴侶が教えてくれました。次に野島崎公園に移りました。

野島崎は、房総半島最南端の岬です。昔は離れ島で、元禄16年(1703年)の大地震で陸続きとなり野島崎となったいう説があります。1180年、伊豆から安房に渡ってきた源頼朝が、野島崎に立ち寄り、大岩に野島山の三文字を刻んだという伝説もあるといいます。源頼朝は、裏インドの闇を広げる役割を担っていました。

源頼朝が立ち寄ったことは、この地の光を封じて闇にしたことを示唆しています。野島崎公園内にある厳島神社と闇の岩と思われる海岸の黒い岩が気になりました。これまでのエネルギーワークから、厳島神社は、宗像三女神という名で、裏インドの闇のエネルギー体「カーリー」を祀り、水を封じていることが分かっています。

厳島神社に光を降ろすと「裏インド」と伴侶が伝えて来ました。海岸の黒い岩を意図して光を降ろすと、「役目が終わった所」と伴侶が言いました。やはり闇のエネルギーを放出する役割の岩でした。南房総市の賀茂神社は、全国にある加茂神社、賀茂神社の1社であり、京都にある上賀茂神社と下鴨神社から勧請されたものです。

京都は重要な「水」の場所であることから、上賀茂神社、下鴨神社にも「水」を封じるために、何らかの形の「火」が置かれていると感じました。そして、上賀茂神社と下鴨神社を遠隔で解除することにしました。上賀茂神社は、京都市北区にある神社で、祭神は、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)とされます。

正式名は、賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といいます。上賀茂神社は、京都最古の歴史を有する一社であり、かつてこの地を支配していた古代氏族である賀茂氏の氏神を祀る神社として、下鴨神社とともに賀茂神社と総称されます。祭神の賀茂別雷大神から「火」に関わる神名だと感じます。

2014年2月の京都巡礼の旅で、上賀茂神社を訪れていました。その際は、玉が出て来て、白龍や白髭を生やした男神が解放されました。境内を流れる清流の小川が印象に残っています。細殿前の円錐状の2つの砂の山の立砂(たてずな)は、炎の形の象徴だと感じます。幾つか「火」に関わるヒントが置かれていると思いました。

火を意図して上賀茂神社に光を降ろすと、「火が燃えている」と伴侶が教えてくれました。この時、伴侶は「とても熱くなった。お腹が・・・」と言って、トイレに駆け込んで行きました。「水」の性質を持っている伴侶にとって、上賀茂神社に置かれた「火」は強烈な浄化作用をする闇のエネルギーだったようです。

次に、下鴨神社に移りました。下鴨神社は、京都市左京区にある神社で、祭神は、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)とされます。正式名は、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といいます。ここも、境内に御手洗川、みたらし池があり、上賀茂神社と同様に「水」の場所です。

下鴨神社に光を降ろすと、「上賀茂神社みたいに燃えていない」と伴侶が伝えて来ました。「何かある」と私は感じました。祭神の賀茂建角身命についてウィキペディアで調べていくと、「金鵄(きんし)および八咫烏(やたがらす)ともに、賀茂建角身命の化身とされており、この二つを合わせて、金鵄八咫烏と呼び祀っている」と記されていました。

私は直感的に、糺の森(ただすのもり)に、鳳凰が封じられていると感じました。航空写真地図を観て、下鴨神社に光を降ろしました。「火の鳥が出た」と伴侶が伝えて来ました。やはり、火を放つ鳥である鳳凰が解放されました。この鳳凰は、闇の役割の「火」を燃え尽くすための鳳凰だと感じます。

右手親指の痛みから、南房総市の賀茂神社にたどり着き、京都の上賀茂神社、下鴨神社に繋がりました。全国にある加茂神社、賀茂神社は、「水」を封印する役割があると感じます。生贄を通じて、「火」を闇の役割にして「水」を封じて来たのです。また、ヒプノセラピーで、「湯立神事(ゆだてしんじ)」という言葉が伝えられました。

「湯立神事」は、箱根の神社で行われて来た伝統的な神事の神楽で、安永5年(1776年)に伝承されたとされます。獅子が無病息災、家内安全、五穀豊穣を祈念して、クマザサの束で湯をかき回し参拝者に湯ザサをふってふりかけて悪疫を払うといいます。 この湯花がかかると、一年間病気をしないといわれています。

この「湯立神事」も生贄の名残だと感じます。大釜に満たした水を火を焚いて沸騰させるのです。火あぶりのように直接、火で生贄にするのではなく、水を介している所がポイントです。ヒプノセラピーでは、「湯立神事」と同時に、「祭り上げる」というワードを与えられました。「祭り上げる」とは「高い所に置く」ことです。

すなわち、「神格化する」のです。「祭り上げる」ことは、真実を隠して、上塗りすることを意味します。闇の儀式である生贄の儀式を祭り上げることで「神事」とするのです。それは、「生贄の儀式」という「闇」に、「神事」を上塗りすることで、「光」に見せかけるのです。「祭り上げる」ことは、さらに支配の働きもあります。

神格化された「神」を頂点にして、配下にある人々を支配するのです。「祭り上げる」ことが、実に巧妙な闇の仕掛けであることが分かります。暗闇の世界を築くために、特に宗教の世界において、数多く「祭り上げる」ことが成されて来ました。地球が闇から光に変わる時、神事という闇の仕組の役割も終わりを迎えます。

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posted by 地球の子 at 13:03| 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする