2019年08月08日

京都 平家ゆかりの尼寺・寂光院 〜巡礼の旅(500)〜

「平家滅亡後、京都大原に隠棲した健礼門院の御魂は、既に平清盛が連れて行っていた。墓所に留まっていた5人の侍女の御魂は、天に昇っていき、陽が射して明るくなった。寂光院の裏山の神明神社に光を降ろすと、山から白い光の柱が立ち、開かれたと分かった。」

2019年3月14日(木)から3日間、土地を開くワークを目的にした巡礼の旅として京都の地を訪れました。今回の京都巡礼の旅は、火と水の統合がテーマであり、真っ先に行きたいと思った場所が大原でした。京都大原には、巡礼の旅が始まる前の7年前に一度、訪問していました。

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前回、大原を訪れた時、良い感じのエネルギーだったことを覚えていました。事前に調べてみると幾つかの湧水地があり、エネルギーが良いのは水の場所だからだと分かりました。1日目、午前8時半頃に京都駅からバスに乗り、約1時間で大原のバス停に到着しました。最初に、寂光院(じゃっこういん)に向かいました。

小雨が降る天気の中、寂光院までの小道を歩いて行きました。寂光院は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院です。本尊は地蔵菩薩、開基(創立者)は聖徳太子と伝えられています。平清盛の娘・建礼門院(平徳子)が、平家滅亡後に隠棲した所であり、「平家物語」ゆかりの尼寺として知られています。

道の側には、きれいな水が流れる小川がありました。所々にあるお店は、芝漬けなどの漬物が販売されていました。それ故、大原のシンボルカラーは「紫」と感じました。これまでの経験から、湧水がある水の場所は、シリウスの場所だと思っていました。しかし、「ここはシリウスの場所とは違う。プレアデスの場所かもしれない」と伴侶が伝えて来ました。

約20分歩くと、寂光院に行く手前に健礼門院の墓の案内板がありました。入口から入って長い石段を登って行くと陵墓がありました。陵墓の前で、御魂が光に還るように祈りながら光を降ろしました。「もう清盛さんが一緒に連れて行っていたみたい」と伴侶が伝えて来ました。それは、2014年、山口県彦島の清盛塚のワークのことです。

山口県下関市彦島江の浦町の小高い丘の茂みの中にあるこじんまりとした墓を訪れた時、平清盛の御魂を上げた後、安徳天皇の御魂を平清盛が連れて行った出来事がありました。健礼門院の御魂も光に連れて行ったのだと感じます。健礼門院の墓から寂光院に徒歩で移動しました。入口で拝観料を払って境内を散策した後、本堂の中で寂光院の歴史の説明を受けました。

本堂から外に出て、寂光院の境内全体に光を降ろすと、「光は入りました」と伴侶が伝えて来ました。境内の右手奥の方に進んで行くと、「神明神社」と記された石碑があり、長い石段の参道が目に入りました。参道の入り口には、竹棒で遮られ、侵入禁止のようでした。何か大事な場所と感じてスマホで調べてみました。

神明神社は、寂光院の裏山の中腹にある神社で、2つの鳥居と外宮と内宮の2つの社がありました。祭神は、天照皇大神、豊受大神であり、伊勢神宮を模した神社と感じました。何かが封じられていると感じて、遠隔で神明神社に光を降ろしました。「白い大きな光の柱が出てきた」と伴侶が伝えて来ました。やはり光が封じられている場所でした。

巡礼の旅を終えた後、地図で調べてみると大原の地は西側の鞍馬山、東側の琵琶湖の中間に位置しています。琵琶湖からの水の道であるエネルギーラインをせき止めるための封印だと感じました。神明神社の解除後、さらに進むと、健礼門院が隠棲していたと伝えられている健礼門院御庵室跡と記された石碑がありました。

建礼門院は、文治元年(1185)壇ノ浦の合戦で平家が敗れた後、ひとり助けられて京都に連れ戻されました。その後、都を遠く離れた洛北の地大原寂光院に閑居しました。夫の高倉天皇と我が子の安徳天皇、および平家一門の菩提を弔う余生を送りながら、建久2年(1191)2月、大原の地でその生涯を閉じたとされます。

さらに奥に行くと、「何か暗い」と伴侶が伝えて来ました。柵の向こうに幾つかの墓石が見えて、私も鳥肌が立っていました。柵の横には、阿波内侍(あわのないし)、大納言左局(だいなごんのすけのつぼね)、治部卿局(じぶきょうのつぼね)、右京大夫(うきょうのだいぶ)、小侍従局(こじじゅうのつぼね)の5人の侍女の名前が書かれた紙が貼られていました。

生前の健礼門院の身の回りのお世話をする侍女たちの墓所でした。「この人たちは待っていたみたい。でも少し怖がっている感じ」と伴侶が言いました。暗闇に居たので光を忘れてしまっているようでした。「お疲れさまでした。どうぞ安らかに光にお還りください」と祈り伝えて、留まっている御魂が還るよう光を降ろしました。

「みんな昇っている」と伴侶が教えてくれました。すると、辺りに陽が射して明るくなり、開かれたと分かりました。寂光院でのエネルギーワークは、平家の闇の解除でもありました。そして、平家が京都とどのように関係しているのか、源平のカルマがどう関わっているのか、を知るために、京都巡礼の旅の2日目、3日目に繋がって行くことになるのです。

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posted by 地球の子 at 22:56| 京都府 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする