「能登半島にはカタカナの地名があり、渦巻の闇があった。封印のためのカタカムナの渦巻だった。能登の親知らずには、麒麟和尚の石仏があり、麒麟の術で封じられた。構造線の通る能登の地は、大きな闇で封じられていた。」

夜から左手に軽い痛みと違和感を覚えました。まだ、能登半島の闇の解除ワークは終わっていなかったようでした。ネット検索で候補地を探して行きました。垂水の滝、曽々木海岸、麒山和尚の石仏を選びました。


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いずれも、 石川県輪島市の東側の場所に関係しており、曽々木パワーゾーンと呼ばれている場所です。背後の岩倉山の千体地蔵や麒山和尚の石仏、不動明王の鎮座する福が穴やせっぷんトンネルなどがあります。垂水の滝は、輪島市と珠洲市の境界にある、直接海に注ぎ込む滝です。

垂水の滝に光を降ろすと「OKです」と伴侶が伝えて来ました。曽々木海岸は、石川県輪島市にある海岸です。海岸の背後に岩倉山が迫り込んでおり、「能登の親不知(おやしらず)」と呼ばれる難所とされます。

グーグルマップで場所を確認すると、ア、イ、ウなどとカタカナが記されていました。不思議に思って調べると《石川県の七不思議? 住所に「イロハ」「甲乙丙」「子丑寅」など謎の地名が》というサイトがありました。

石川県では、番地にカタカナなどが使われており、当たり前の事だといいます。何か意味があると直感しました。「はっきりした理由は分からない」といいます。「ただ、明治6年(1873)の租税制度改革「地租改正(ちそかいせい)」による土地制度改革が影響しているという説がある」と記されていました。

伴侶にみてもらうと「渦巻きがある」と教えてくれました。「カタカムナの渦巻き」と感じました。カタカムナは、カタカナの原型と言われています。意図して光を降ろすと「渦巻きが上がって行った」と伝えられました。

カタカムナというシリウスの術で闇を放つ渦巻きが置かれていたのです。麒山和尚と関係していると感じました。麒山和尚は、正式名を麒山瑞鱗(きざんずいりん)和尚と言います。
1972年、海蔵寺住職の麒山和尚は、「能登の親知らず」と怖れられた能登最大の難所を「寺で座るのも禅だといいました。

人が安全に行き来できる道を開くのも、これも禅の道」と浄財を集め13年の歳月を要して麒山道を開いたとされます。洞窟の中には修行僧が彫ったとされる石仏もあり、麒山和尚は、曽々木海岸の地を封じる闇の仕事をしていたと感じます。

麒山和尚の石仏に光を降ろすと「いいです。バンとされた」と伴侶が伝えて来ました。能登半島の曽々木海岸は、カタカムナの渦巻き、石仏などで強固に封印されて来たと感じます。それが、何故、能登半島なのかについて、内観しながら探って行きました。

能登半島は、シリウスや精霊の封印と関係していることから「構造線」が通っているのかもしれないと感じました。ネットで検索すると「日本列島断層」がありました。日本列島断層は、中央構造線が淡路島で分離北上しています。

そして、阪神大震災の震源地断層(野島断層)を経由し、高槻・琵琶湖から福井、能登、佐渡島、奥尻島と伸びている巨大断層です。ユーラシアプレートと北米プレートとのプレート境界とされ、琉球大学の木村政昭教授が提唱しています。

巨大な構造線が通る能登半島だから強固に封じられて来たと感じます。もう1つ気になることがありました。能登の親不知(曽々木海岸)で封印の仕事をしていた麒山瑞鱗(きざんずいりん)和尚です。その名前から「麒麟(きりん)」に繋がっていると感じました。

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